愛撫
嫌ではありません。と、言いたかったのに。過去に受けた教育がクラルの口を躊躇わせた。はしたないのはいけない。と、いつかの厳格が耳元で囁く。
それさえも、ココは見抜いたのか。
「キスで、応えて欲しい」
愛しくて美しい恋人からの懇願に頬の熱さが一層強くなる。
正直あれは、クラルには痛くて、とても怖かった。もうしたくない。とさえ、思った。ちょっと本気だった。今度懇願されたら正直に、胸の内を相談しようと思った。
クラルの良く知るココは言い様の無い魅力に溢れて蠱惑的な時もあるが、概ねは紳士で、慎ましい。理想の恋人だ。
今も、その美しい瞳に情欲を囲ってクラルを見つめて、重ねられた額や腰を抱き込む手の指先は熱を発した様であるのにその内心は、クラルを尊重してくれている。
言葉を待っている。彼に主導権があるようでその実、この後の展開はクラル次第なのだ。だから、クラルは息を飲んだ。彼の決意が、分かった気がした。
「……はい。ココさん」
クラルの目の前で、ココの眼光が揺れた。太い喉元が上下に動いた。言葉を。口に出してしまえば二の句も滑らかに続けてしまえそうだった。大丈夫です。平気です。けれど、
「愛してる」
不意をつかれて差し出された言葉に、そのまま鼻先を擦り合って下りて来た唇の質感に、彼女の言葉は閉じた瞼の裏側に押し込まれた。
ちゅ。温かい湿りが唇を吸う。口先だけを触れ合わせられたと思えば、呼気の絡みを感じて直ぐ、ぴったりと塞がれた。ちゅ。ちゅ。と、音だけが響く。クラルは緊張を覚えかけた体を自覚して力を抜いた。応えて欲しい。そう懇願されてココの言葉が脳裏を掠める。応える、応える……。逡巡の末クラルはそっと、体に手を回した。大きくて、分厚くて、逞しい堅さにしっとりとした質感を得るのはナイトウェアのせいだろうか。きゅっと掴んでみてそして、ココの下唇を吸う様に、唇を動かした。
繊維の下で筋肉がうねったのを感じた。同時に、体がすり寄る様に動く。ちゅ……ちゅ……。音の感覚が長くなる。次第に、唇を食まれ始める。ココの胸筋が、クラルの胸を押し上げる様に重なっている。下腹部が腹筋の固さを知る。少し、重い。と、思うと同時に、その場所より少し下の辺りが熱くなっているのも知って、鼓動がはやった。
長いキスと、熱に驚いて思わず息継ぎに唇を開いた。
それが誘導された結果だと気付いたのは、ココの唇がより深く追いかけてきて口腔内に、舌先が侵入して来た時だった。
「―――ふゅッ」
変な音が出た。急に恥ずかしくなった。でもココは止まらなかった。それでもクラルが驚いたことだけは察したのか、片方の手で頭を優しく撫で始めた。
気持ちのいい舌使いでキスをしたまま、旋毛の辺りからゆっくりと二度ほど往復をして、「――んッ、ひゅ、」やがて刺激される度に痺れる頭の裏側をゆっくりと撫でて、「んんっ」急に舌先を吸われたからびっくりして、ひくんっ、と跳ねた体を下っていく。その過程で、衣服越しに一度、胸の付け根を触られた。
――もう、やだ、もう。
クラルは、訳が分からなくなった。ココのキスがいつもより激しい。激しいのに丁寧で、いつもより優しくて、いつもより気持ちがよくて、困ってしまった。続けて欲しいのに、続けられた先に訪れる変化が予測不可能で怖い。そう思うことに罪悪感が芽生える。でも、期待よりも不安が膨らむ。きゅうっと、ココの体に縋る。
「――ここ、さん」
わずかな息継ぎ。
「クラルちゃん……」
数十秒ぶりに見つめ合った。唇の先はしっとりと濡れて繋がったままだった。荒い呼気が絡み合う。
「可愛い」
うっとりと囁かれた。
クラルの知っているココは言い様の無い魅力に溢れている。普段でさえ蠱惑的で、セクシュアルで、美丈夫だ。長い睫毛は品よく揃っている。全てが整っている。形の綺麗な目元に眉、鼻筋、口元、輪郭、
「僕は、幸せ者だ」
声。欲情を持て余したまま見せる微笑み。あまりの美しさに、卒倒しそうになった。何も言えずに居たらもう一度キスをされて、手が、服の裾を割って直ぐに、肌への愛撫が始まった。
夜に沈んだ部屋に、細い息づかいが喘いでいた。
「――っ、んッ」
シーツの上で身悶えるクラルの胸元に、ココの顔が寄っている。乳房に手を添え、その先端を舌先で弄って、時折口に含んで居た。吸って、舐って、思い出した様に指先でも刺激する。ふにふにと柔らかさを堪能している風でその度に、「ひゃ、アっ、ん、んゅ」クラルの口元から不慣れな声が上がった。刺激に体がひくひくと震えた。
衣服はすっかり剥ぎ取っていた。一糸まとわぬ肉体の上に、ココは覆い被さっていた。愛撫を与える度にひくんひくんと体が反応する。逞しい男の素肌に女の柔らかな肉が擦り合う。
ココも、一部を除いて服を脱いでいた。
繊維を介さない体温は、しっとりとした熱量があった。
乳房は、甘くて、心地良かった。口を離してじっと見つめたまま、指先でそっと挟み、擦った。自身の体液でてり光る恋人のそこは可愛らしい色そのままに、ぬるぬると具合よく動く。ふにふに柔らかい。
「――んっ、ンんっ、んっ」
手の動きを続けたまま、反対側に視線を移した。ココが沿わせる手の中で、ふるふると震えて、まるで疑似餌のように誘っている――その時ココの脳裏に浮かんだのハント用のルアーで、同時にその語句は、誘惑するものだとか魅惑と言った意味を持っていたな――と思って、咥えた。
「――ひゃっ」
例えこれが囮だとして、それでも良い。
「あっ、そん、そんなっ」
丁寧に、丁寧に愛そうと思った。
「んっ、んっ」
丁寧に、愛そう。焦る必要なはい。時間ならある。
「ッん―――」
それよりも、クラルの声が凄くエロくて堪らなくて、もっと喘いで欲しいと思った。
「クラルちゃん……」
唇をそっと離し、その場所からクラルの表情を伺う。
「ここ、さ――ンっ」
ほう、と顔を赤くした表情を見つけた所で、濡れた方の乳首を指で押した。
体が小さく跳ね上がる。
ぬめる場所は少ない摩擦のままよく動く。両手を使って、両方を刺激した。乾きの予兆が見えた場所はひと舐めして状況を回復させた。「んんんっ」前回も思ったけれど、柔らかい弾力が心地良い。女の子って凄い。鍛えていないのに体に凹凸がある。ずっと触っていたい。
「ここ、さんっ、そちら、もっ」
触っていたかったのに、待ったがかかった。
「ダメ?」
ベットを軋ませて見下ろせば、乱れ髪の向こうから戸惑いの眼光に見つめられた。瞳は上気した頬の真上で、恥じらいを含み惑っている。
「君の体、すべすべで気持ちよくて、口当たり、良いよね。味もいい」
「……食べないで、下さい」
割と冷静に突っ込まれた。思わず、喉の奥で笑う。
「ただの揶揄だよ」
「ココさんが仰ると、冗談に、聞こえません」
「そうかい?」
ふふっと、笑いを含ませた顔に顔を寄せる。
「はい―――んっ」
薄く汗ば見始めた額にキスを落とすその時に、また手指を動かした。ひくんとした声が再び上がる。
「――あっ、も、」
ココからしたら幾分も小さな手が、ひたりとココの肩に触れた。可愛い。
「可愛い」
思ったと同時に、声が出た。
「こないだ、痛い思いをさせたからね」
「そ、あっ」
ちゅ、ちゅ。わざとリップノイズをたてて生え際からその目尻に唇を落とす。指先を繊細に動かす。
「今日は、気をつけようと思ってさ」
「も、あのっ」
言葉を交えながら徐々に口づけの位置を下げていく。首筋、鎖骨、ふにふにと揉みしだいている胸もと。時折ちょっと、吸ってみる。ちゅ、ちゅ、ちゅ。
「君、敏感な方かな」
腹部。臍の窪み、脚の付け根の、直ぐ近く。唇と一緒に手も伝わせた。
「考えたこと、ありません……あの、っ」
そして、鼠蹊部。女の香りや熱が、一層に立ち上る。思わず喉が鳴る。
「あの、そ、それ以上、下に行かれるのは……その、」
それでも、愛しい恋人から戸惑いを投げかけられれば結局、意識はそちらへ攫われてしまう。
「……ん?」
「何を、なさる、の……?」