Catch me if you can.
手首。
筋が見える関節の窪み、浮き出た静脈。
掌。
伸び伸びとした曲線、刻まれた意味のある皺。
指先。
竹のように節くれだった関節そして、形の美しい爪。
静々と、確かめるようになぞる。指の付け根の間を押してみる。マメの数を心の中で数えて渡る。いち、にい、さん。出来て、潰れて、また出来上がってを繰り返したのでしょうその均等は、ざらざらごつごつとして、温かい。(とても好き)小指から中指に向かって、滑らせる。広くて大きい面積。分厚い皮。触り心地の良い皮膚。形は一緒なのに、私とは全く違う大きさと仕上がり。私の知らない彼の時間が滲んでいる。
人差し指の下に行き着いて直ぐ、親指の窪みを撫でたらそれまで静かだった指先がひくりと、動いた。
「あら」
「反射運動だよ」
彼が笑みを含ませて、仰る。
心地よい疲労が私達の肌を湿らせている、シーツの真上。彼に後ろから抱きしめられて横たわって、私は腕枕の鼓動を聴いている。
「筋肉刺激で、勝手に動く」
きっと私のつむじを眺めていらっしゃるから、吐息がふわりと、私の髪を撫でる。隙間にこそばゆく入り込む。彼の香りに満たされる。
私は心のまま、ふふふ。と、微笑う。彼の声はいつも、低くて心地良くて、愛しさに満ち満ちている。
「良く、存じています」
遊びたい盛りの私の為に、肘を曲げて近づけてくださっている大きな大きな彼の、大きな手。両手の指先を、彼の掌に這わせて、皮のしっかりとした、けれど柔らかい丘を押した。
ふにふにふに。親指が、丘を押した数だけ動く。
「今の、も?」
私の声はほんの少し、くたびれている。
「さあ。どうだろうね」
どっちだと思う?と、尋ねる彼の声は、瑞々しく湿っている。いつも。それは私の耳から流れ込んで鼓膜をさわさわと震わせるから、お腹の下から登ってくる擽ったさが、この喉を震わせる。
そうして私のつむじに、唇を押し当てる。
「なまえ」
私を呼んで、もうひとつの掌で私のお腹をそっと押す。包み込んでその指先を、しっとりと動かす。それこそ繊細なフルートを調律するように、静かに、ゆったりと。慎重に。
「あらあら」
私は笑う。身を捩ると素肌がもっと、ひたりと、触れ合う。奥に熱を潜ませた冷たい肌は、私がどんなに動いても微動だにしない逞しい張りが心地良い。私は、何度目か知らない恋に落ちる。
「今のは?」
「僕の意思」
大きな掌は、ゆっくりとこの身体へ触れる。私の形を確かめるように。私が彼の掌にそうしたように。関節を撫でて付け根をなぞって、柔らかいところは指先に圧を、込めて。掌で味わおうとなさる。
私に、沢山のキスを落としながら、きつく、
「……私、どこにもいきませんよ」
登る。
「そんなことを考えながら、僕に触っていたのかい?」
触れる。
「さあ。……どうでしょうね」
微笑う。
大きな掌は、今や私の手をすっかりと握り込んで、離したがらない。私の手は、離れたがらない。彼は喉を使ってくつくつと笑うから体温が昇って、私達は触れた場所から汗ばんでいく。
節くれだった指。調整された綺麗な爪。渦巻き指紋が微かに見える指先。私に触れて、汗をなぞる。彼の手が雄の意思を持ち始める。囁く。「ねえ」あたたかい呼気を持った唇は遂にこの頬を捉えて忍び寄る。
「もう一度、君を知りたい」
Catch me , If you can
インフォーマルな挑発が、私の中で音なく通り過ぎていく。いつかに聞いたタイトルはきっと誰もの目をひいてきっとすっかりと、使い古されているのに。唇はくすくすと笑い続ける。
彼がお望みになるならこんな身体、私は何度だって差出せるでしょう。でも、ね。そんなの、退屈ではありません? 賢い女の振りは惨めでしたくはないけれど、貴方に総てを委ねて都合良く転がされていく、そんな軽薄な女にもなりたくありません、から。
「あら」
貴方の体。
貴方の香り。
貴方の形。
私、貴方に満たされる手前の飢餓感をたまには、味わってみたい。味わって頂きたい。何事も、腹八分目と言う様に。
「今日はもう、お終いにしましょう?」
私から貴方にキスを送ってそして、ふふふ、と、微笑ってみせる。少し、意地悪かしら。
(2018.08.28/掲載)