雷乃声を発す




風がひどく強くなり始め、空を見上げれば西の空から黒く、暗い雲が迫ってきている。
これは一雨来ると思い、早く屋敷に帰ろうと用終えた足は、いつもより早足で屋敷への帰路についた。
ついにはゴロゴロと腹の底に響くような雷音が鳴り響き、いよいよ降ってきそうな空に俺は駆け足で屋敷へと急ぐ。

俺が屋敷の近くにきた時に少しずつ降り始め、屋敷の前についた時にはもうグランコクマの街を大粒の雨が打ち付け、春の訪れを知らせるかのように雷音が響きわたっていた。
屋敷の中へと駆け込むと、静かな部屋の中を激しい雨音しか聞こえない。
今日は彼女が来る日だったはずと中を見渡したが誰もいなかった。 
頬を流れる雨を袖で拭う、少し雨に打たれたものの、そこまで俺はぬれずにすんだ。

もしかして彼女はまだ来ていないのだろうか。
二階に上がっているのかと、玄関正面の階段を上りかけた直後、屋敷の扉が開くとともに騒がしい声が入ってくる。

「ナマエ・・・」
「あ!ガイー!ちょっと、タオル頂戴。すごい雨」

ナマエは髪の毛から水が滴るほどぬれており、ナマエが一歩踏み出した床に小さな水たまりができた。

「持ってくるからそこでちょっと待ってろよ」
「最悪ー、やっぱケーキ屋さんなんてよらなければよかった」

ナマエはいつも着ている上着に何かをくるんでいる。
そのため細い腕が露になり、中の服も完全にぬれてしまっている。
寒いだろうに、きっと守っているのはケーキなんだろう。
俺はタオルをとろうと部屋の中へと駆け込んだ。



ナマエは元気な明るい子で、ルークと同い年の店番見習いをする女の子だ。
グランコクマで音機関を販売する店の娘で、ここに住むようになってから通っているうちに仲良くなった。
女性嫌いの俺に対して程よい距離を持ちつつ接してくれる彼女は一緒に居て誰よりも安心できる女性で、知り合って間もなく家を行き来するようなそんな親しい間柄まで発展した。

今日はナマエが店を休みだというので、俺も城での仕事を早めに切り上げ帰ってきたのだ。
屋敷の鍵は彼女にも預けてある、それにペールも彼女のことをよく知り、家にくるのも一度や二度のことでもないので家の中のこともよく知っている。

「べちょべちょじゃないか」
「そうなの、思った以上に強く降ってるから」

ナマエから上着とケーキを受け取り、玄関先の小テーブルにおいてやり、タオルを1枚渡す。
ナマエはそのまま腕の水分を拭き取っているので、俺は頭にタオルをかぶせてやる。
触れようとした時、少し背筋が冷たくなり冷や汗が出る嫌な感じがしたのだが、俺はゆっくりとナマエの頭をタオル越しに触れた。
ナマエも俺が触れたことに対し、ふと体を固くしたのだが、次の瞬間すぐに自分の体を拭きだした。
少し、俺たちの間の空気が柔らかく、暖かくなった気がして俺も自然と笑みを浮かべていた。
タオル越しで振れるナマエの頭は人のぬくもりを少し感じたのだが、ただ雨のせいで冷えているようにも感じる。
風邪を引かないかと少し心配になり、暖かい紅茶を入れようと提案するとナマエは喜んで同意した。


彼女との付き合いの中で少しずつ距離を縮め、日常生活の中でナマエに触れることは殆ど支障なくできるようになってきた。
さっきのようにやはり触れると考えると体が一瞬反応してしまうのだが、その次の瞬間には手を伸ばすことができる。
それに、いざ触れてみると冷や汗もすべて引っ込み、逆にその暖かさが気持ちよくてもっと触れていたいと思うほどだった。
女性の柔らかさや暖かさに始めて触れ、それを感じ、改めて女性恐怖症という厄介なものを憎らしく思うしかない。

「さて、部屋の中に入ってくれ、着替え用意するか?」
「うん、貸してもらおうかな。思った以上にぬれてしまってたし」

肌にぴったりと付いた服を見るとなんだかいかがわしいことが頭を一瞬よぎり、俺は思わず視線を外した。
彼女はなにかとそういうことに疎い。
俺もこれでも男だ、そんなことを考えることも気づいてほしいものだ。








「え?バチカルに?」
「ああ、ルークに会いにいくつもりなんだが、ルークのやつがナマエに会いたいと言ってうるさくてね。来週から行くんだが、ナマエも着いて来ないか?」
「バチカルかあ・・・」

ナマエが買ってきたケーキと紅茶で一息ついていると、気づけば雨は小振りになっていた。
西の空は少しずつ明るくなり、晴れ間が見え始めている。
この雨が上がり、そして太陽が顔を見せる頃には草木が青々とし出し、どんどん暖かくなっていくのだろう。

彼女にバチカルへの渡航を進めようと思ったのは今回が初めてではなかった。
前々からルークやナタリアにナマエのことを話していたこともあり、ずいぶん前から連れてきてほしいということを言っていたし、その度にいつか連れてくるという話も返していた。
ただ彼女も気を使うだろうし、長旅になることはわかっている。
決断したのはナマエとある程度普通の恋人として接することができるようになったからである。

「行ってみたい、かな」
「本当かい?じゃあそうルークたちに先に連絡を入れよう。きっと喜ぶぞ、あいつ」

ナマエは両手でティーカップを包み、うれしそうに笑う。

「ルークさんと会えるなんて、夢みたいね」
「そうだなあ、ルークは今や、英雄だからな」
「何かお土産会った方がいいかもしれないわ、何にしようかな」

そう言うナマエの顔は本当にうれしそうに、少し頬を高揚させあれやこれや考えているのだろう。
ティーカップをテーブルへと置くと、そのままソファーの上で足を抱えるように座り直した。

俺はひと呼吸置いて、ナマエの手へ自分の手を重ねる。
そう、触れてしまいさえすれば俺はもう、怖いものもない。
ナマエは驚いて俺の方へと顔を向けたかと思えば、うれしそうに顔を緩ませる。

「何だ、うれしそうな顔をして」
「なんにも」

そう言うとゆっくりと隣に座る俺の方へと体を向けた。

「ただ」
「ただ?」

もったいぶるのでナマエの顔を覗き込むと、少し恥ずかしそうに視線を合わせてきた。

「ガイと触れられるのが、うれしい、かな」

俺は思わず体をそのまま近づけると、そっと触れる小さなキスをした。

「ガ、イ・・・」
「もう一度、いいかい?」

驚いた顔は見る見るうちに喜びへと変化していき、それを肯定と判断した俺はまた触れるだけの小さなキスをした。


空は完全に晴れ渡り、春の嵐はすぎていった。
来週バチカルへと足を運んだときにはこんな嵐よりももっと騒がしくなると、そんなことを考え、楽しみにする心を隠しきれない。







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