桜始めて開く






大学のゼミ仲間で花見をしようということになり、満開の平日の夜、花見が行われている。
小さいが、東京タワーが眺めるこの場所は他の花見客も多く、辺りはがやがやと騒がしい。
平日の夜なら大丈夫だろうと余裕を持っていた俺たちだったが、平日にもかまわず驚くほどの人の多さ。
中には社会人らしい団体も多く、俺たちのような学生の集まりもあった。
昼間に場所をとりにきた時は既に至る所にブルーシートが敷かれてあり、スーツ姿の社会人らしき人が場所取りをしていた。
うたた寝している人もいれば、熱心に本を読みふけっている人、音楽を聴いてぼーっとしている人など、きっと新入りの若手の仕事なのだろうと、将来の自分を重ね、少し嫌になる。

俺たちのゼミは15人を超える大御所で、思った以上に仲がいい。
男子が圧倒的に多く、その中でも女の子は4人だけだ。
実はその4人の中の1人が俺の彼女であり、今俺の隣で少し頬を赤らめ体を揺らしている。
彼女である名前は酔っぱらうと笑いやすくなる、笑い上戸だ。
そんな名前はかわいいのだが、俺はハラハラと妙に落ち着かない。

「村田さん結構飲むんだね」
「うん!私、こう見えてお酒けっこうすきだから」
「あんまり飲み会誘ってもこないから、お酒嫌いなのかと思ってた。今度また誘ったら参加してよ」
「うーん、考えとく」

仲間内に付き合いを内緒にするというのはメリットもあればデメリットも十分にある。

なぜ内緒にしているのかと言われれば、なぜなのだろうと答えがはっきりでない。
それは何となく内緒にしておこうという話になっただけで、別に理由はなかったからだ。
ただ、内緒で付き合うというのは、妙なスリルがあり、それが俺にとっては結構楽しかったりする。
ちょっとした飲み会に行ったときに隣に並んで内緒で指を絡めたり、大学の空き教室で内緒でキスしたり、授業中に目配せしながらメールをしたり。
過去に名前意外に付き合った女の子は何人かいたが、こうやって周囲に完全に内緒でというのは今までにない経験で、とても新鮮な気分で付き合っている。
だが逆に、そういったように限定されるのも時には苦痛に思う。
飲みの場に全く参加しないわけではないが、俺たちは2人そろって出席することはほとんどない。
名前は元々お酒がそんなにも強い方じゃないのでぼろが出てしまうこともあるかもしれないという理由。
そして周りは俺たちが付き合っていないだろうという前提で接してくる。
つまり、名前はフリーの状態だって周りは思ってる、そうなると俺も同じだが。
男が多いこの学部に数少ない女の子、しかも背が小さくて髪も長い、どっちかと言えばかわいいという言葉が合う名前は、妙にモテるのだ。
そう、俺が悩ませられるほどに。

「名字さんおかわりいる?」
「いるいる!」

手を挙げたとたんに俺の体に勢いよくぶつかってきた。
俺はそんな名前をちらりと見ると、名前も俺を見上げ、にっこりと微笑んでくる。
複雑という言葉はこういうときに使うのが正しい使い方だろうと俺は思う。
かわいいなと思う反面ばれるかもしれないという危機感、そしてそんな名前をみんなが見ているというのはイライラにつながる。

「ちょっと、」
「ん?」
「名字、トイレ行きたいらしいから、連れてくわ」
「は?」
「な?」
「うん」
「ああ、それなら私連れてこうか?」

名前の横に座っている結構気の利く同じゼミの女の子が言う。

「いや、俺もトイレちょうど行きたかったし、ついでで連れてく」
「じゃあよろしく」

そういうと俺は名前の腕をつかみ立たせると、そのまま感情のままに引っ張っていく。
名前はその間何も言わず、ただ俺の後ろを付いてくる。
何となく、俺がイライラしているのに気づいていただろうし、そんな俺に反論する理由もないだろう。





俺は名前の顔を見ないまましばらく歩き、騒がしさが遠退いた少し離れたベンチまで引っ張ってきた。
桜の木の陰まで歩いてきて、そこでやっと立ち止まり後ろを振り向くと、俺はギョッとしてしまった。

「え?何泣いて・・・」
「私、何かしたっけ?」

今にも泣き出しそうな震える声を絞り出すように口からつぶやいた名前は、目にも涙の膜を張っている。
俺は柄にもなくあたふたして、思わず腕を放すとそのまま両肩に手を伸ばした。

「ちょ、なんで泣く?俺、怒ってないから」
「だって、隆也くん、こわっ、怖い・・・」

ついに崩壊といったように大きな瞳から大粒の涙がぽろりとひとつ。
俺は焦ってその涙を右手ですくう。

「わるい、俺、怒ってないから、俺が全部悪いから」
「え〜?」

意味が分からず首を傾げ続ける名前を見ていると、かわいそうで儚げで、不謹慎ながらかわいすぎて儚すぎて心の底が暖かくなる感じがする。
未だに意味が分からず俺の顔を覗き込んでくる名前は、まるで迷子の子犬だ。
ポンと頭に手をのせ、前髪をくしゃりと撫でてやる。

「名前見てたら耐えられなくなってさ。2人になりたくて思わず」

そういうと目を1つ、大きく見開いたかと思うと、今度は世界で一番幸せそうな顔をしたかと思うと、えへへと笑う。

「私も、2人になりたいと思ってた」

俺のスイッチの入れ方を絶妙な具合に刺激をしてくる名前は、本当に天才だと思ってしまう。

名前の頬へと手を伸ばすとキスを送る。
そのまま腰へと腕をまわして引き寄せると、名前も待ってましたと言わんばかりに俺の首へと腕を絡ませる。
優しく触れた唇は、名前が腕を絡めたことを合図にしたように深いものへと変わっていく。
俺たちの背後ではまだ騒がしい声がやむこともなく聞こえてくる。
いつ誰に見られてもおかしくない状況でのキスは妙に俺を興奮させ、それは名前自身も同じようで、いつものキスよりも激しく、濃厚なものへと変わっていく。
唇が少し離れるたびに熱っぽい息をつくものだからそれは俺の興奮剤に変わり、さらにさらにと名前の唇を追いかけるように深く深く口付けていく。
ただ、キスをしているだけなのに体が火照ったように熱い。
ゆっくりと唇を話すと、息を切らして肩を上下する名前と近距離で見つめ合う。
名前はうれしそうににっこり笑うと背伸びをして可愛らしく音を立ててキスを最後にしてきた。

「お前、そんなことしやがって、その気になるぞ、俺」
「私結構その気になっちゃってるんだけど」
「酔っぱらいが」
「隆也くんに言われたくない」

上機嫌で俺に抱きついてくる名前をもう止められないし、俺自身も止められるとも思っていない。
そういえばトイレに行くとみんなのわからぬけ出してから結構な時間が経っていることに気がついたがもうそんなことどうでもよかった。
名前は結構酔っぱらっているし、俺も今更こんな状態でみんなの輪に戻って正常に酒を飲めるかと言われれば、ノーだ。

今まで内緒にしてきたのも特に理由もなかったし、これがいい機会だと自分に言い聞かせて名前の手を引いて歩き出す。
そういえば上着を置いてきたとことに気づいたが、今更戻る気もない。
みんなには悪いが上着は誰かに預かってもらうことにして足は完全に違う方向に向いている。

「ね、どこ行くの?」
「お前こそどこ行くつもりなんだよ」
「女の子に言わせちゃだめだよ」
「言葉濁すの上手いのな」

名前はそういうと俺の腕に巻き付いてくる。

みんなはきっと驚くだろうが逆にそのことを考えると清々した気持ちになり、胸を張って不謹慎な場所を目指す。

「今日は宿泊?」
「俺、金ねーわ」
「じゃあ私んち行こうよ」
「タクシー乗ろうぜ」
「お金なかったんじゃないの?」

結局桜もろくに見ず、俺の目には名前しか映っていなかったらしい。







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