雀始めて巣くう




「春眠、暁を覚えず」

暖かくなり始めた午後の漢文や古文の授業とは、何とも眠気を誘う優雅な時間だ。
春始めの気温が高い日の午後というのはまさに春と言った優雅でゆっくりと流れる時間は好きである。
ただ、これが授業中じゃなければ完璧だと思う次第だ。

なぜもう数日で終業式の今日、孟浩然の『春暁』を読み、その解説を聞かなければならないのかと思っているのはきっと私だけではない。
斜め前に座る田島は完全に寝てるし、その前に居る三橋くんもがんばっておき提要としている努力はわかるのだが、逆にそっちの方が目立ちすぎる。
浜田なんかは午後からなぜか居ないし、他の人たちを見る限り、まさに春ボケというべきか、ぽーっとしている。
そう、ぽーっとしている。

「次、本山くん」
「はい」

ああ、今日はいい天気だし、畳の部屋でごろんしたら相当気持ちいいだろうな。

「処処、啼鳥を聞く」

まずなぜ教科書もすべて学習し終わっているのにこの授業をしているのか、それは古文マニアのジャッキー(漢文の先生のあだ名)が好きすぎるからである。
9組はジャッキーが漢文の担当だから今更こうやってテストも終わった後なのに授業をしているわけだけど、漢文の担当が違うクラスは完全に自習だったらしい。
この状況を不幸だとしか言いようがない。

「次、柴本くん」
「はい」

花見したいなー、今年の桜、早そうだし。

「夜来風雨の声」

窓側の後ろから2番目の席はこの3月からお世話になっている席だ。
窓側の席というのを始めてゲットし、それが冬でも春でもなくまだ暖かくなってきた春だったというのがとても運が良いと思う。
冬はすきま風が凍える寒さを与えるし、夏は西日が馬鹿みたいに暑い。
そのまま私の視線はふらふらと外へと向けられた。
2階絡み得る窓には手が届く場所に桜の木がある。
桜の木には本当に小さなつぼみがついていて、後わずかで満開を迎える桜がスタンバイ中だ。
桜が咲いたら花見をしたいなーと考えている頭は、完全に勉強モードからかけ離れている。
窓の外から教室の中へと視線を移すと私のような春ボケ状態の人が大半のように思われた。

こうやって思考回路が停止している人が多い中、こうやって書く続ける学習し続けようとする人を、私は本当に尊敬する。

「次、名字さん」
「へ?・・・ああ、はい!」

自分が当てられたということに気づくまでに2秒ほどの空白の時間があった。
私は勢いよく椅子の音を立てて立ち上がり、目の前に教科書をつかんで立ち上がったのだが、いったいなんでどうやって何をすればいいのか、全くわからない。
勢いだけで立ったけど、先生には申し訳ないけど全く聞いていなかった。

教科書に落としたままの目を上げることができないまま、降参だと先生へと声を上げようとした時、そっとつぶやく声が聞こえた。

「花おつること・・・」

本当に息のように小さな声で、私以外に聞こえていないんじゃないかというぐらい。

「は、花おつることを知る多少」
「よろしい」

ジャッキーは分厚い眼鏡をかけ直し、黒板へと向き合うとカツカツといつものように大きな音を立てながら黒板へと板書をしていく。
それと同時にそれを移そうと鉛筆を走らせる音が所々聞こえてくる。

私は心臓の鼓動を体全体で感じながら静かに席に着いた。

この先生はノートチェックが厳しいので結構頭はぶっ飛びながらもノートを移す生徒が多い中、私はその行動になかなか移すことができなかった。
鉛筆を握ろうにも変に意識してしまって、緊張がとれず、上手く字が書けない。

確認するが、私はジャッキーに急に当てられたから緊張して今も心臓バクバク状態というわけではない。
さっきの声は、まぎれもなく私の後ろに座る人の声で、まさかその人がそうやって私に助け舟をしてくれるなんて思わなかったもので、さらにその人が私の思い人なんて立場なもんで、そりゃあもう、驚くしかないわけだ。

カツカツとチョークをおりそうな勢いで板書していくジャッキーなんか目にも入らない。

時計を見ると終了時刻まで後7分。

私はそのカウントダウンが待ち遠しいようで、恐ろしく感じる。
なんと声をかければいいのだろうか、なんと声をかければ一番好印象だろうか。

そんな馬鹿みたいに女の子らしい思考回路に自分自身で笑う。
とりあえず、まず一言目はこうだ。

「泉くん、ありがとう」

少し窓が開いた外からはチュンチュンと雀の声が聞こえる。
のどかな天候に身も任せ、穏やかな笑顔を向けれるようにと緊張で固まった顔を両手でマッサージするのであった。








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