菜虫蝶と化す




「え、もう蝶々がとんでるよ」
「もうそんな時期か」

午前中で学校が終わり、自転車を押しているユーリの横に並んで、近くの畑の方へと指を指す。
その指の先には白い蝶がキャベツ畑の上を舞っている。
近頃暖かくなってきたにしろ、また2日後には冷え込むのだという。
三寒四温とはよく言う言葉だが、この季節は本当にこの場の通り、暖かい日が何日か続けば、その後ぐっと冷え込むのだ。
あの蝶は寒くなったとき、どうなってしまうのだろうか。

「それより、私蝶々あんまりすきじゃないな」
「なんで?」
「だってさ、小さい頃によく蝶々捕まえにいったり子どもってするでしょ。捕まえたときに指に白い粉が付いたの。なんかあれが気持ち悪くって、それから虫が嫌いになった」
「結構子どもの頃のこと、はっきり覚えてんのな」
「物覚えはいい方なの」

そう言って子どもの頃を思い出す。

ユーリとは高校生になってからであったので、それぞれの幼い頃のことは知らない。
逆にそれは何か話すときに結構良いと思っている。
それぞれの小さい時の思い出だったり、出来事だったりを話をしながら共有できる時間は、私に取ってすごく楽しいものだったからだ。

「ユーリも小さい頃は虫を捕まえたりしてたでしょ?」
「そうだな、フレンと一緒にクワガタやカブトムシはよく捕まえにいったな」
「男の子だね」
「まあな」

そう言うと、自転車にユーリは跨がった。

「今日は暖かいし、公園でもよってくか?」
「賛成、なんか甘いもん買って行こうよ」
「いい考えだ」

そう言って私はユーリの自転車の荷台に腰を下ろした。


自転車の荷台に載るというのは昔から私にとってドキドキする楽しみの1つだった。
よく兄の自転車の後ろにのせてもらって小学校から帰ることがあった。
それがだいすきで、兄に毎日迎えにきてとせがんだものだ。

あの頃はがっつり跨がっていたが、今やその荷台に横向きに腰を下ろした状態で座っている。
こんな変化を見ると、私自身も成長したなと思わざるを得ない。
右手をユーリの腰へまわし、左手はユーリの服の裾をつかむ。
ああ、幸せだ。

「ナマエ」
「なにー?」
「ドーナツと、クレープどっちがいい?」

ユーリが前を向いたまま喋るので、いまいち聞こえづらい。

「なんてー?」
「だから、」
「えー?」

私はユーリの方へと体を寄せる。

「ドーナツと、クレープ」
「ああ、そう言ってんの。ドーナツがいい!今日は100円セールだよ!」
「じゃあ決まりだな」

そう言ってユーリはドーナツ店に行くために右に曲がった。




ふと曲がったとたん、目を奪われる景色が見え、ユーリも思わず自転車をとめる。

そこに見えたのは、きれいな菜の花畑に、無数の蝶が舞っている姿だった。

「こんなとこあったんだ」
「すごいな、ここ」

きれいなのだが、蝶が嫌いな私にとっては何とも言いがたい景色である。

白と黄色の蝶たちは黄色い花の上を舞っていた。
蝶の上下する体と少しの風に揺れる菜の花はいかにも春らしく、蝶が嫌いな私にもその景色はとても美しいものに見え、思わず目を奪われる。
ユーリも同じように言葉無しにその景色を見ていた。

「蝶ってさ、こんなに身近なもんだけど、外国じゃ貴重なもんとしてみられてるんだってな」
「へえ」
「キリスト教では復活の象徴らしいし、ギリシャでは不死の象徴らしい」
「・・・なんでそんなこと知ってるの?」
「生物の先生が言ってた、あの昆虫マニアの」
「ああ、わかった」

理科の先生はよく授業から脱線した話をする。
その度に授業は中断されるのだがその話が結構マニアックでおもしろかったりする。
その手の先生は中学でもよくいたので、何となくどんな先生だかわかってもらえるだろう。

ユーリはその先生の脱線話が結構好きらしく、その時は珍しく起きている、らしい。
らしいというのも私は同じクラスではないので、同じクラスのフレンに聞いた話だ。
よく寝ているくせにその先生の授業に関係ない話になったとたんに起きるらしい。
何とも器用な話だ。

「不死ってすごいね」
「そうだな」
「不死ってでも、悲しいだろうね」
「・・・」

不死ということはつまり

「周りの人がどんどん年をとっていなくなっていっても、その人は死なないんだもんね」

もし、不死の人間が現れたとしても、それは幸福と言えるのだろうか。
親しい人々との別れをすべて受け入れる上で、自分は世界を見届けていく。
私にはとてもじゃないけど耐えられないと思う。

「ナマエは俺が居なくなったら大変そうだな」
「どういうことよ」
「俺無しじゃ、なんもできないだろ」
「それはユーリでしょ」
「結構えらそうなこというようになったな」
「すいませんね、えらそうで」

そういうと、ユーリは後ろに跨がる私の方へと顔を向ける。
目が合うとユーリは珍しく、優しい笑顔を私に向けた。

「なに?」
「なんにもねーよ」
「?」

ユーリはそのままサドルに座り直すと、そのまま何も言わずに自転車を発進した。
私はユーリにしたがって進みだした自転車の荷台におとなしく座り、ユーリの腰へと手を添える。

「ま、しばらくはそんなことねーから」
「は?」
「まだ何十年も一緒に居られるんだろ?十分じゃねーの?」

ユーリは時々なんと言葉を返せばいいのか迷うような言葉を私に発する。
ただその言葉は私を安心させ、同時に大きく包まれるようなユーリの大きさを感じ、ただ私の心は幸せでいっぱいになるのだ。

蝶たちは私たちに幸せを運ぶかのように空を舞っている。
春は本当にいい季節だ。







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