新卒社員として働き始め、忙しい毎日でそういえば恋人と全く遊べていない。
危機感を感じた俺は、数日前にメールを入れた。
久々に出かけようと提案すると、すぐにメールが帰ってきた。
どうやらあっちも寂しいと思ってくれているらしい。
どこか始めての場所に行こうかと思ったのだが、結局はいつものデートコースになる。
高校の頃から大学時代までなじんだこの街をぶらぶら歩くのが結局は一番楽しく、一番安心することを俺も、名前も知っている。

いつもの店でラーメンを食べた後、お茶をしようと街の中心へと足を進めた。









謙也くんと過ごす、休日の昼下がり




大阪という街は日々進化を遂げている。
キタは大阪人の目から見て綺麗で洗礼されたような場所だとすれば、ミナミは浪速の人間味に溢れた良い方が悪ければごちゃごちゃした場所だと俺は思う。
そんなミナミが俺は好きだ。
仕事が忙しくて近頃きてなくて、久々にやってきたミナミの中心は驚くほどに変化を遂げていた。
ひっかけ橋近くのツタヤの書店はいつの間にかスターバックスに変わっていて、3階以上に追いやられていた。
スターバックスは前々からあったのだが拡大したらしく、2階フロアは驚くほど洗礼された美しい空間になっていた。
壁には洋雑誌や洋書がおしゃれに飾られてあり、ただテーブルが並べられているのではなく、今までに見たことがないスタバがそこにはあった。
ご丁寧に柱には『撮影禁止』といった張り紙が貼られている。
店内は予想以上の込み具合で席がないんじゃないかと店内を見渡した。

奥に空いている席を見つけ、俺は迷わず奥まで足を進め、道頓堀が見渡せる窓側に面したカウンター席を陣取った。
隣には今ドリンクを買うために並んでくれる人が座れるよう、荷物を置く。
座りやすいわけでも座りにくいわけでもない、背もたれが中途半端な椅子に座るとやはり人ごみの中を歩いてきたので疲れていたのだろう、座った瞬間ほっとするように力が抜けた。

顔を上げると目の前には、かに道楽の名物のかにがすごい主張具合で目に入ってくる。
遅いわけでも速いわけでもないその動きは見ていて俺はイラっとする。

その下を覗き込めば地面があまり見えないぐらいのたくさんの人が行き交っている。
こんなにも多いところを歩いていたのかと今更げんなりしつつ、よく見ると同じ色のビニール袋を持っている人が目に入る。
ああ、そう言えばニュースで若者にだい注目のファストファッション店がちょうど隣にオープンしたと行っていたことを思い出す。
目立つ傾向の黄色は至る所に存在し、ミーハーな俺は名前にこの後行こうと誘おうと心の中で考える。

店内を振り返って見渡すが、名前がやってくる気配はまだない。
そう言えば結構並んでいたことを思い出し、俺が並ぶべきだったと少し後悔する。

再度体を前に向けるとまた、下を覗き込んで行き交う人へと視線を向けた。
カップル、夫婦、子ども連れ、女の子のグループ、男の子のグループ、キャッチのにーちゃん、アジア圏からの観光客、清掃のおっちゃん、自転車に乗って通ろうとしたおばちゃん、を注意する整備員。
それになぜか着ぐるみの頭を脱いで片手に頭を持って、缶コーヒーをすするお兄さん。
虹色の髪色をした奇抜なカップル。
うわあ、痛いなあと思ってしまう反面、その景色はひどく安心する。
俺が育った街、大好きな街、これがミナミだなあと改めて感じることができる。



「お待たせ」

そう言って名前は両手に紙コップを持って洗われた。

「悪いなあ、並ばせてしもて」
「ええよ、見つける方が大変やったやろ?」
「ま、そういうことにしとこか」

名前の座る場所に置いたバッグをいすに引っ掻け、座る場所を確保してやる。
名前は俺の前にホットのスターバックスラテを、自分の前にホットのキャラメルマキアートを置くと、どっこいしょとかわいげのない声とともに腰掛けた。

「はあ〜疲れた」
「久々来たもんな」
「ホンマよ、いつもこんな人多かったっけ?」
「あれやん、今日オープンやん」
「ああ、ニュースでやっとったやつか」

そう言うので下を歩く人々へと指を指すと、名前は納得したようにその光景を目に入れる。

「みんな持ってんな」
「後で行かへん?」
「ええけど、絶対混んでんで。入り口絶対入場制限かけてるわ」
「マジか。日沈んだらある程度減るやろ。後で行こ」
「そーしよか」

そこまで話をして、俺たちは目の前のドリンクに口を付ける。

「あっつ!」
「あはは、猫舌なんやから無理したあかんで」



名前のことはだいたいなんでも知っている。
猫舌だってことも、おしゃれがすきなことも、がんばりすぎてしまうことも、甘いものがすきなことも、それに素直じゃないところも。
付き合いは長く、中学からの付き合いになる。
恋人同士になったのは高校からだが、知り合ってからで数えるともう10年近くになる。
あの頃はクラスメイトで同じ学生だったのだが今年からはそれぞれ同じ、大阪で勤務する社会人だ。
久々に白石などと連絡を取ると丁寧に名前のことも心配してくれる。
白石と電話するとなぜか名前との将来を考えてしまう。
それは真実が元々白石の幼なじみであり、名前の幸せを願う一番の友人であるからだと思う。
今年から社会人になったばかりの俺はきっと名前の将来を担うにはまだ早いし、だからといって今までと同じような関係をそのまま続けるのも何か違う気がした。
学生から社会人へと変わった今、何かに区切りを付けなければいけない気がしていた。
それは別れではなく、新たなステージへという意味で、だ。

俺はそのための決心をし、今日を迎えている。


「なんかミナミも変わったね〜」
「いろんな店が次々入ってくるからな。昔はもっと敏感やったのにもう置いてかれてもーてるわ。年とったっちゅー話や」

ふと隣の名前に横目で視線を向けるとふーふーと手元の飲み物をさまそうと息を吹きかけている。
年を取ったが、そういうところは昔から変わらない。
ふと、自分の頬が緩むのに気づいた。

今なら言えそうだ。
ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと俺の気持ちを込めて。

「ん?どうしたの、謙也」
「んー、年とったなーおもて」
「そりゃもう仕事してる年になってんもん。私、小さい頃20歳で結婚するつもりでおってんけど、あり得へん夢やったわ」

そう言って飲み物に口をつける。
ちょっとずつなら飲めるようになったようで、ふと口に入れた後息をついた。

「ま、でも遠からずな夢やろ」
「ん?」
「や、あんな、前から言おう思っててん」

緊張で少し、体が固くなる。
名前にそういうの、気づかれたくないけど、やっぱりこんなことを言うのは緊張無しでは言えない。
ヘタレと言われようが、気持ちはちゃんとこもってるんだと自分に言い聞かせて。

「一緒に暮らせへんかなーって。いや、家をな、ちょっと前から出よ思い始めて。ま、社会人になったし、まだなりたてやからもうちょい落ち着いてからって話やけど」
「・・・」
「いや!だからすぐにって話ちゃうで!夏すぎあたり、っちゅー話やったらまだまだやけど、まあそんな予定で・・・てかまだなんも考えとらんのが本音やけど」

恥ずかしくて名前からそらしていた目を、名前に焦点を当てる。
名前はまっすぐな目で、俺を見上げていた。

「ま、将来も考えてっちゅー話や」

そういうと、名前はふと視線を外したかと思うと、おもむろに口元を手で覆うと、恥ずかしそうに咳払いをする。

「謙也、ちゃんといろいろ考えててんな」

そう、うれしそうに答えた。

「アホ!当たり前やろ!」
「アホゆーな!ま、しゃーないから前向きに考えとく」
「ホンマ素直ちゃうわ。まあそこが名前らしいんやけど」

そういうと名前はぷくっと頬を膨めたがそんな名前もかわいく、俺は思わず吹き出してしまう。



まだまだ俺たちは進化していく。
それは街の変化と同じように、いつまでも止まることはない。







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