桃始めて笑う




「花が咲くことをね、昔は笑うって言ってたらしいの」

そういって名前は俺の体に自分の体を預けながらマニキュアを塗っている。

「ねえ、素敵じゃない?」

そういって振り返って、俺の首元に手を絡めてくる。
上手に塗ったばかりのマニキュアが俺に触れないように絡み付いてくるので、俺は身動きが取れない。
返事をしようと口を開きかけると、名前の唇が俺の首筋に触れ、ツツッとマシュマロのような柔らかさが降下していき、やがてゆっくり離れていった。

「ホント、素敵」

2度目の言葉はいったい何を対象に言ったのかわからないが、今日はどうもご機嫌らしい。


名前はよく“素敵”という言葉を多用する。
普段生活の中でよく考えてみると”素敵”などと言葉にすることは滅多にない。
俺のような男という人種はほぼゼロ、だ。
女にしても"素敵”などと言わず、“いいね”とか、“すごい”とか、喋り言葉の中に“素敵”などという人間はあまり居ない。
その点、名前は珍しい人間である。
きっとそれは昔から本の虫であったことが原因じゃないかと俺は思っているのだが、その推測が正しいかどうかは定かではない。

ただ1つ言えるのは、俺はそんな名前を結構気に入っているということぐらいだ。

「ねえ、慎也くん。どっちの色が良いと思う?」
「何がだ?」
「マニキュアよ。手先は薄い色が私好きだからもう塗ったんだけど、足先を迷っててね」

そういってソファーの上で自分の足を俺の方へと向ける。

「ここにある色の中で、どれが素敵かしら」


今は名前の部屋に居る。
2人とも仕事を終え、帰ってくるとだいたい名前の部屋に来るが、縢やとっつあんと一緒に食事をする場合は俺の部屋になる。
同じ執行官とし、仕事終わりに一緒に酒を飲む機会が少なくはない。
名前も俺も酒に関してはそこそこ好んで飲むことも多く、今日もテーブルの上には簡単なつまみとともに、シャンパンボトルが1つとグラスが2つ並んでいる。
そしてそんなテーブルには食事中だというのにマニキュアを並べ、手足の手入れをする名前。
はっきり言って行儀が良いわけではないのだが、女としてそういうところをきちんとしているところに関して、俺から文句は何もない。
やはりきれいにしているに越したことはないからだ。

そしてそんなテーブルの上にあるマニキュアは色とりどりのものが並んでいる。
志恩も良くマニキュアを塗っているが、良くマニキュアを交換したりしすると言っていたのを思い出した。
赤いマニキュアを見るとどうしても志恩しか思い浮かばない。

「ピンク色にしたらどうだ」

そう言ってピンク色の小さな瓶をつまむと、名前は意外そうな顔をした。

「何だ?意外か?」

そう言い返すと、驚いた顔はにっこりと笑い、俺の首元へと手を伸ばしたかと思うと、そのまま引き寄せられ、頬に唇が触れる。

「ううん、慎也くんとピンク色、なんだか素敵だと思って」

そう言ってうれしそうに笑う。

「ねえ、一度塗ってみて、慎也くん上手そう」
「俺がか?」
「いや?」
「そんなことはない」

名前の方へと体を向けると真実はまず右足を俺の太ももの上へとゆっくり置いた。
執行官という仕事柄、怪我はつきものだが名前の足は驚くほどに白く、きれいだと毎度のこと思う。
身長自体はそんなに高いこともないので、志恩と並ぶとどうしても女性らしくお姉さんらしいのはどちらかと言えば志恩の方が上なのだが、名前には可愛らしさも持ち合わせていて、どうも俺はそれに惹かれてしまうらしい。

例えば今のように足をすっと撫でたときに声を立てて笑うところとか、俺が右足を塗り始めたときに手持ち無沙汰な左足がぱたぱたと動いているところとか。
可愛らしさというよりも、それは幼さというべきなのかもしれない。

「慎也くん、上手ね」
「まあな、案外器用なんだ」
「確かに器用そうだけど」

ゆっくりと親指から形のいいきれいな指を塗っていく。
名前の手先に塗られたほぼ透明に近い薄いピンクとは違い、もっと桃色の指先に色を置いていくと、まるで花が咲いたようにも見える。
そう言えばもうすぐ花が咲き誇る季節になると思い出し、自分がこの色を選んだこともそれとは直結していないが、季節的にもいい色だと自分自身で満足する。

5本の指にすべて塗り終えると、名前の足の白さにその桃色はきれいに生え、とても美しいと思う。
これを名前の言葉で借りるとするならば“素敵”と表現すべきなのかもしれない。

「反対」
「はい」

そう言って今度は左足を差し出す。

「なあ、“素敵”ってよく言うだろ?あれはどういった基準で言ってるんだ?」
「そうね、私が心奪われるものは全部“素敵”だと思うわ」

そう言うと、名前はシャンパングラスの縁を指でなぞる。

「このシャンパングラスも色がきれいで、味もおいしい。ボトルもかわいいしとても素敵ね」

そう言って俺が今塗っている足に目を向ける。

「足先のピンク色もさっきの花が咲くって言ってたでしょ。その花らしい色だと思ったの。私の足先、慎也くんにピンク色に塗ってもらって笑ってるわ。本当に素敵」

名前が喋っている間にすべて塗り終わると、俺はそのまま我慢が切れたように左足を徐々になで上げながら、小さな膝へと唇を通わす。
そのまま内股へと唇を進めると、スーツの舌でも分からないような場所に1つ、赤い花をつける。

「っ、慎也くん、そんなとこつけて」
「1つ、赤い花が笑う、って表現すればいいのか、これは」

そう言って真実の顔を見上げると、真実はその赤い印をふと見つめ、その後俺と目線を合わし、にっこりと笑みを浮かべた。

「素敵、それ」

そう言って俺の首元へと手を伸ばし、俺を引き寄せる。
自然と俺が名前に覆い被さるような形になり、短いキスを何度も送る。

「私も慎也くんに花を笑わせたいわ」
「笑うって表現するとやっぱり変だな」
「確かにおかしいけど、素敵だわ」

そう言う名前の首筋に唇を滑らすと、頭の上から甘い声が漏れる。
ああ、たまらないと俺はそこに花をいくつもつけていく。
さっき塗ったばかりの足先のマニキュアのことなんてもう忘れ、俺たちは甘い行為に没頭していった。







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