その日、白井黒子は朝から10回を上回る数のため息をついている。ジャッジメント本部にいる初春飾利はそんな黒子のことを横目で確認しながらキーボードを驚く早さで打ち込んでいく。

「白井さん、なにかあったんですか?朝からそんなにもため息ついて」
「わかりますの、初春」

そう言って黒子は初春のほうへと浮かない顔を向けたのだった。左頬に手を当てて頬杖を着いたままだ。初春は頭の中できっとそのため息の原因は御坂美琴なのだろうと苦笑いを漏らした。
白井黒子の頭の中のほとんどを閉めるのはお姉様なのだから、わかりやすい人だと思う。相変わらずだなあと思いながら、初春は今度はいったいなんなのかと先を急かした。

「お姉様ったら近頃冷たいんですのよ」
「冷たい、と言いますと?」
「少し前に転校生がきましたの、お姉様のクラスに。まあその人自身私もお会いしたことももちろんありますし、とても感じの良い方でしたわ」
「へえ、この時期に常盤台に転校生ですか?さぞ優秀でお嬢様なんでしょうね」

初春は珍しい学期途中での常盤台中学校への転校生、初春にとってそれは興味の固まりの人物像であろう。
きっと成績優秀なのだろう。レベル5はまずないにしろレベル4の能力者は固いだろう。しかも限りなくレベル5に近い。環境もいい常盤台への編入目的はつまり能力向上、レベル5へレベルを上げるために。そして数ある学校の中でも常盤台を選んだのはきっと、とてもお上品なお嬢様なのだろう。すらっと長い手足、きれいに風でそよぐ髪、微笑む美しい姿。

「初春、何を考えてますの?だいたいあなたの考えてることはわかりますけど」
「え、えっと、どんなかたですか?!」

初春は興奮した様子で聞き返す。お嬢様に強いあこがれを持つ初春はその手のことに敏感であり、誰よりもミーハーであった。

「そうですわね、一言で言ったら常盤台らしくない人、という方がわかりやすいかもしれませんわ」
「常盤台らしくない?」
「そう、常盤台らしくない」

黒子はそう言うと、テーブルの上に載っているマグカップへと手を伸ばした。マグカップの中には初春が作ったココアが入っていた。

「お姉様と大変気が合いますの」
「ああ」

なるほど、と初春は黒子の今日の様子を納得していた。
つまり黒子は嫉妬しているのだ。その転校生とやらに。

「今日も2人でお出かけですって。私も一緒に、いえ!むしろ私が一緒に行くのが最適のはずですのに!!」
「御坂さんが気が合う人ならいい人なんですよね?」
「・・・まあ、そうなりますわね。お姉様の友人、私にとってももちろん大切な友人に値しますわ。しかしそれとこれとは別!私こそお姉様の隣にいるべき人間ですのに!」

黒子は興奮が覚めやらぬのかそのまま愚痴なのか、それともただ喋りたいだけなのかわからないが話が止まらなくなっていた。
ここに個法が帰ってきたらきっと仕事をしろと急かされるであろう。

「まあまあ白井さん、いい人だったら安心じゃないですか。むしろ私もお会いしたいぐらいですよ」
「まあでも、いい人だということは認めますが、ちょっとまだ受け入れられませんの。すごく変わった人ですわ」

黒子が素直にほめたことも驚きだが、普段から変わった人に囲まれている黒子が変わっているというのだ。それは相当変わっているのだろう。

「今日の帰り、合流できたらお姉さまにお会いできますのにね」

黒子の一言に期待を持った初春は、パソコンの中にたまりにたまった仕事を半分以上は終わらせるという目標を持ち、仕事に励もうと大きく伸びをした。



















御坂にとって転校生が来るということに関しては特に興味を示すような出来事ではなかった。親の事情であったり、それぞれの能力がどうとか開発がどうとかいろんな事情があるだろうし、転校生がきたってクラスメイトとして何かあれば付き合っていけばいいのだ。
教室で転校生が来ると言われ、ざわついた中、御坂はそんなことを考えていた。
「今の時期に転校なんてきっとすばらしい人でしょうね」
「どんな人かしら、異例のこんな時期の転校なんて」
そんな声が飛び交いながら教室に入ってきた女の子は御坂自身もそれなりに予想していた人物とは少し違った気がした。

「名字名前です、よろしく!」

ここ、常盤台中学校ははっきり言ってお嬢様が多い。どこかの金持ちの娘なのだろうそれなりに家系に自信を持っているものもれば、育ちがいいのだろう喋り方もしっかりしていて何でも優しくにこにこ受け入れられるような女性らしい人間が多いのだ。
それに引き換え自分自身はそれとは少し違うと考えていないと言えば嘘になる。御坂自身、自分をお嬢様だとは思えなかったし、普通の中学生だという考えを持っていた。
たまたま常盤台に通うことになっただけで、努力の結果レベル5を手に入れられたということ。たったそんな条件を持ち合わせているだけの、普通の女子中学生なのだと。

御坂はてっきり転校生も自分の感覚とは違う、前者のその部類だと考えていた。
しかし、教室に入ってきた振る舞いもそう、にっこりと笑った笑顔もそう、長い髪を無造作に後ろで1つにまとめた髪型もお嬢様という雰囲気は持っていなかった。
クラスの中は御坂と同じくぽかんと口を開け、驚いているようすだった。
そんな雰囲気を感じ取っているだろうにあっけらからんと笑っている名字名前を見ながら、御坂は他のクラスメイトとは違う特別な感情を抱いていた。
ちょうど開いている御坂の隣へと座るよう言われた名前がきて、御坂はドキッとし、そんな名前を目でおっていると、当然目が合った。

「私なんもわからないから、いろいろ教えてね。よろしく!」

そう言って何の抵抗もなくさしだされた右手を御坂は何の抵抗もなく握った。名前の右手は少し冷たく感じた。

「よろしく、私は御坂美琴」

御坂はなんだか今から楽しい日々がはじまるような気がしていた。









「美琴?どしたの?」

クレープを大きい口でほおばりながら名前は御坂の顔を覗き込んでいた。

「え、いやあ、なんにも。ただ名前がきてまだ2週間も経ってないでしょ?早いなあと思っていただけよ」
「ああ、確かに。私美琴みたいな子がいてくれてホント助かってんだから。いいとこのみたいなお嬢様だらけだったら私、今頃死んでたわ」

御坂はこの2週間、名前の様子を近くで見てきたが、初対面に感じたお嬢様らしさがあまりないという印象はむしろ、お嬢様どころか本当に普通の中学生、いや、それよりももっと軽い雰囲気を持った無邪気な女の子だと思っていた。
よく笑うし、逆によく怒るし、感情はすべてむき出し、腹の中で思っている普通の人なら口に出さない妬ましい心の声も、名前にとっては口から滑ってくる嘘もいやらしさもない人間だった。
逆に言えば毒舌だと言えるのだが、名前が喋ると嫌らしさがなく、そんな名前を御坂はとても気に入っている。

「そんなこと言わないでよ。常盤台良い子多いのよ?」
「まあ確かにね〜。でも私にとってはなじみにくいのよね。でも黒子ちゃんは好きだよ」
「黒子ね、すっごい敵視むき出しだったけど」
「かわいいじゃん、黒子ちゃん。美琴、愛されてるんだね」
「うっとおしいだけよ」

そう言う御坂の本心をわかっているように名前はにっこり笑ってその話を聞いている。
御坂が名前に惹かれたのはそんなところも1つあった。
名前はよく人を見ていると思う。黒子にしても、あの婚后光子と初めて合った時も、あの癖ある婚后光子を上手いこと扱っていたし、人付き合いが上手いというところだ。話を聞いてみると上にも下にも兄弟がいたらしく、男の子ばっかりの中で生活していたと言っていた。名前が女らしい嫌らしさがなく、さっぱりして付き合いやすいのはきっとそんな環境で育ったからだろと勝手に解釈した。

「食べたらどこ行いたい?」
「ん〜、そだな。ショッピングセンター行きたいな。まだこっちきていろんなものそろってないから困ってんの」
「じゃあ行きましょう。この近くにあるから」
「ラッキー。何食べようかな」

うれしそうにクレープをほおばる名前だが、御坂はそんな横顔を見ながら真実自身はきっと何か暗いものを抱えているんだろうとも思って心配をしている。
そんな御坂の心配を全く気づいていないだろう名前は名前らしいのだけど、でもそれは心配になってしまう御坂の考え過ぎなのだろうか。
それでもきっと、名前は心のどこかで気にしているだろう、レベル3以下が1人もいないこの環境に。


名前は常盤台に編入してきた。
それはまぎれもなく、名前の能力開発を行うため、良い環境を求めた結果だろう。
彼女のレベルは0。
超能力は全く持ち合わせていなかった。







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