蟄虫戸を啓く



虫嫌いの私にとってこの季節がやってくるというのは痛い。
ただ、暖かくなることに関してはうれしいのだけど、それに引っ付いてやってくるものがいやなのだ。
それに今年はまた違う虫もくっついてきている。

「なあ〜、名前〜」
「あーもー、そろそろ帰りなって」

一人暮らしの私の部屋に転がり込んできてはこうやって相手をしてほしがる友達の弟の相手をしている。
ソファーにぐったりともたれかかった私の横にあぐらをかくように座って私の顔を覗き込んでいる。
こうなった経路は特に特別なことがあったわけではなく、いつもこの調子だ。

もうすぐ中学生になる田島さんちの悠一郎くんは2年ほど前に始めて田島家で顔を合わせてからというもの、私にえらくなついてくれている。
下に兄弟がいない私にとって悠一郎くんはすごくかわいい弟のような存在になり、よく高校の帰り道に一緒にアイスクリームを食べにいったり、映画を見に行ったり、公園に行って遊んだりした。
よく喋り、よく笑い、人懐っこい悠一郎くんは一緒にいてとてもおもしろかったし、何より楽しむことができた。
「名前さん」と人懐っこく呼んでくれる悠一郎くんを友達が見て年下の彼氏かと驚かれたのだが、まさかこんなかわいい男の子と付き合うとかそういう風に見えるわけがない。

始めはそんなふうな"かわいい弟みたいな男の子”だったのだが、残念ながらそのうち悠一郎くんは“かわいくて弟みたいだけど、強引でしつこい男の子”になっていった。
凶変その1、メールの量だ。
朝昼晩時間いつもどこでもメールが送られてくる。
始めは中学生だしメールを送れるのが楽しいのだろうとそんな軽い気持ちで送っていたのだが、ふと気づけばまるで彼氏のようにメールのやり取りをしていてドキッとした。
いや、ときめいたという意味ではなく、びっくりしたという意味で。
凶変その2、放課後のことだ。
放課後、練習がないという日はいつも校門で私を待ってくれていた。
当然、私にも気になる男のこと言う存在はあるわけで、そんなこと運良く一緒に下校なんてシチュエーションもあるわけだ。
ドキドキハラハラの下校がはじまろうとしていたときに悠一郎くんが門の前で言うのだ。

『名前、待たせたな』

いつもよりも少し大人びて見えた気がしたのは、彼がいつもの人懐っこい雰囲気を封印したせいなのか、それとも本当に大人びていたのか。
そんな悠一郎くんを見て一緒に帰る予定だった彼はそんな様子を見て驚いた様子でそそくさと帰っていってしまった。
それを呆然と見送っている私の横に悠一郎くんは並ぶとこういうのだ。

『名前は放っておくと変な虫を引っ付けてくるな』

と。
その時のぞっとした気持ちは忘れない。

それからというもの、悠一郎くんは私に愛の言葉をささやくのだ。
私はそれを回避していたのだが、なのに一向にめげずに私のもとへとやってくる。
どうも悠一郎くんは私に幻想を見ているようだ。
なんでいくつも年上の私にそんなにこだわるのかがわからない。

が、それでも悠一郎くんは私のもとへとやってきて屈託のない笑顔を向けてくれた。




話を戻すが、ついにこの春から私は大学生となる。
実家からずっと出たいと思っていた私は念願の一人暮らしを始めたのだ。
3月のいつ入居しても料金は一緒ということだったので母に頼み込んで高校卒業と同時に一人暮らしを始めたのだ。
まだ1週間ほどしかたっていないため、部屋の中はものが少ない。
ソファーと絨毯、テレビがそのまま床においてあり、小さなテーブル。
そして奥の部屋にはベッドと本棚しかない。
持ってきた小物や服などはまだ段ボールの中だ。

そんな私の部屋になぜ悠一郎くんがいるのかというと、それは来たいというので私が家に入れたのだ。
始めは家に入れてしまったが最後、めんどくさいだろうということは勘づいていた。
だが、あのにっこり笑った笑顔を向けられるとどうしても拒否できないのだ。

「はあ・・・」
「名前、そんなため行き着いたら幸せ逃げるぞ?」
「だったら悠一郎くん、そろそろ帰ってくれないかなあ?部屋の片付けを今日はしようと思ってたんだけど」
「じゃあ俺も手伝う」
「見られたくないものとかもあるでしょ」
「俺に見られてまずいもんなんてないでしょ」
「ある」
「ない」

だらりとあずけているからだから、首だけ起こし、悠一郎くんをちらりと見れば、またにっこりと笑い、あぐらをかいて座る体をゆさゆさとうれしそうに揺らしている。
私はまた、1つため息をつきながら自分の膝を引き寄せる。
時刻は午後2時過ぎ、少し早めの食事だったので小腹がすいてきた。

と、そこでいい考えが思いつく。

「悠一郎くん、甘いもの食べたくない?ちょっとデザート食べにいこうよ」
「行かない。名前と部屋でダラダラしてたい」

そういって私にくっつくように悠一郎くんもソファーに体をあずけた。
だめだ、完全にこの家から出る気がない。

「ねえ、悠一郎くん」
「ん〜?」
「やっぱりさ、私なんかやめといて、もっと現実見ようよ」

そういうと、あずけていた体を首だけぐるりと私の方へと向ける。
逆に私は足の裏を床につけて、しっかり座り直す。

「現実って何?」

悠一郎くんのにっこり笑った顔にも弱いが、私はこの真剣な顔にも弱い。

「げ、現実って、だから・・・」
「俺の現実は名前が決めるんじゃなくて、俺が決めるから」

ああ、気づかない振りをしてきたけど、やっぱり難しいんだよ。

悠一郎くんは真剣な顔で、私から目をそらさない。
私もそんな悠一郎くんを前に目線を外すことができない。

「名前も現実見なよ」

そういうとゆっくりと私へと手を近づけたかと思えば、私の頬にゆっくりと添えられた。
びくりと体がこわばる。

「名前さ、気づいてる?」
「なに、を?」
「やっぱ気づいていないんだ」

そういうと悠一郎くんはにっこりと笑った。

「俺がお願いしたら、名前は絶対拒否しないよな。いっつもあきれた顔するけど、絶対に俺を甘やかしてくれる。名前が期待させるような態度とってんの、気づいてる?」

ああ、気づいているとも。
春が訪れるように私の心が冬眠から目が覚め始めていたのには気づいていたのだ。
悠一郎くんへの心の傾きも、悠一郎くんのこととをいつの間にか考えている自分自身にも。

そんな気持ちに素直になれなかったのはもちろん年のさや、相手は高校生だという現実。
そして今までさんざん大人ぶってきた私が、今更そんな態度を取るには示しがつかないと勝手に思っていたことが原因だ。
私は見栄を張っていたのだ。

「やっぱ悠一郎くんにはかなわないな」
「でも名前を落とすには結構な時間かかったな」
「落とすって・・・」

にっこにこの笑顔を浮かべる悠一郎くんを見ていると憎らしい気持ちも消え去ってしまう。



私の大学生活はいったいどうなってしまうのだろうか。

きっと忙しく、騒がしく、そして幸せな時間がやってくるのだろう。







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