うぐいすなく


私の家の庭先に梅の花がある。
いつもその梅の花が満開になる頃、幼なじみと一緒に弁当を持ち寄ってピクニックもどきをしていた。
ママと一緒に作ってきた私の弁当を横からつついてくるあいつのことが、当時は大好きでいつも一緒に学校から帰ってきていた。


そんな小学校生活をふと思い出す。
営業で訪れた小学校の職員用駐車場の近くにあった梅を見ながらそんなことを思い出す。
車の中でふとシートに体をあずけると、助手席に置いてある鞄の中から携帯電話を取り出して、履歴の一番上の人物へと電話をかける。


4回のコール音の後、聞き慣れた声が耳に響く。


『どした?』
「なんにもないけど」

車の中に流していた悠から借りた最近売れ始めたバンドのCDをオフにする。

『・・・なんかあった?仕事?』
「今駅かどっか?」

電話の向こうからは人ごみの中のようなたくさんの音、そしてアナウンスが聞こえる。

『よくわかったな、今から取引先寄って直帰』
「じゃあ私、今から会社一回寄って帰るところだから車で拾いにいこうか?」
『ラッキー!じゃあまた電話して』
「はいよ」

そう言って電話を切ろうとした時だった。

『名前』
「なに?」
『また後で』

そう言ってぷつんと電話が切れた。

悠はわたしのことをよくしっているし、よくわかっている。
私がイライラしていたらその原因を汲み取ってぐちゃぐちゃになったひもをほどいてくれるし、悲しんでいたらその根源から明るい色に塗り替えてくれる。
悠は私にとってまるで空気のような存在で、生まれた瞬間からずっと一緒なのだ。
悠の生まれの方が早く、私は悠がいない世界を知らない。

小学校の頃はただ単に悠と一緒に入るのが好きで、楽しかった。
中学校の頃は悠がどんどん男の人になっていくのが少し寂しくて、でも悠を見ているのはすごく好きだった。
高校生になると学校が変わった。悠と会える時間はぐっと減った。
野球が忙しくて、普通に話をする時間よりも悠の野球をしている時間を見ている方が長かった。
そして高校生の最後、悠と付き合うことになった。クリスマスのことだった。













「お待たせ」
「さみーな、まだ」

そう言ってトレンチコートの胸元を握りしめたまま悠が助手席に転がり込むように入ってきた。

「あ、ちょっとチェンジ」
「何が?」
「運転交代ってこと」

そう言うと悠は一度閉めたドアをまた開き、運転席の方へと回り込んできた。
私は意味もわからず、車内で助手席へと移動した。

「どっか行くの?」
「まあついてきたらわかるよ」

そう言って悠はエンジンをかけて車を発射させた。

悠と付き合ってもう7年目になる。
いや、むしろ8年目に私は妻になる。
先週悠にプロポーズをされたばかりだ。
もちろんオッケーした。

私はどこに向かっているのか暗くなった外の景色を見ながら、先週のプロポーズのことを思い出していた。
車内は落ち着いた音楽が流れている。
悠にしては珍しいと思ったが、MCの声が聞こえ、それがラジオに切り替えられていることに気づく。
ラジオの時報では午後6時、そろそろおなかがすいてきた。

「ねえ、悠、どこ行くの?」
「ん〜?」
「別に、言いたくないならいいけど」

悠へちらりと視線を向けると、まっすぐ前を向いてハンドルを握っている。
車内は昼間の暖かさと打って変わって寒い。
悠はまだマフラーをしたままだった。

近頃、私はいつもの私じゃなかったと思う。
それは仕事が上手くいかなかったことや、母が倒れたこと、いろんなことが重なった。
人生のことで、そう言うことはよくある。
そういうときに悠はいつも私の異変に気づいて何らかの処置をとる。
けど、今回の処置はまずかったのかもしれない。
結婚というプレッシャーに私は少しずつ、蝕まれていた。


「名前、着いた」

意識を飛ばしていた私を呼び寄せたのは、体の大きさにしては大きな、私の大好きな悠の手だった。
悠はよく、私の頭に触れる。

「あれ、ここ・・・」
「一回来てみたかったんだ、梅のライトアップ」

私は思わず息をのんだ。
昼間に見た、小学校の梅の木を思い出す。
それと同時にまた、小学校の頃の記憶がよみがえってきた。

「ほら、」

悠は私へと手を差し出してきた。
私はその手を自然に握り返していた。


そこは都内から少し離れた梅の木が多く咲く公園は梅が満開になる今の時期、ライトアップをされる。
実はこのライトアップはあまり有名ではない穴場スポットで、ちょうど去年の今頃、行きたいと話をしていた場所だった。

梅の木々の間を歩いてゆく、昨日よりは暖かいが、まだまだこの時期は寒い。
2月は旧暦の上では春だが、まだ冬と同じ気温でこの時期の夜の花見ということで穴場なのかもしれない。
この寒さじゃ、誰も外で花見をしたがらないだろう。


「あっち、缶コーヒー買って座ろうぜ」

ちょうど空いたベンチを見つけ、私たちはそこに腰掛けた。

少しの沈黙が流れる。



「名前さ、覚えてる?名前んちの梅の木のこと」
「え・・・」

それはきっと、私が思い出した同じ記憶。

「名前んちの梅の木、おっきいのあっただろ?」
「覚えてる。だって私が一番好きな花だもん」

そう言うと悠は私の肩をゆっくりと抱き寄せた。

「そう、名前が大好きな花だ。よく、ピクニックごっこもしたもんな」

悠は私のママが作る卵焼きが大好きで、いつも私の弁当からつまみ食いをしていた。
逆に私は悠のママが作るポテトサラダが大好きだった。
いつもその2つを交換していた気がする。

「悠さ、結局じっとしていられなくて、すぐ野球ボールを塀にぶつけて遊び始めてたよね」
「そうそう、だってじっと座ってお弁当なんて、俺らしくねーしな」

そう、いっつも悠はひとりで勝手にどっか行っちゃってそれを追いかけるのに必死だった。
しかも足が速いから鬼ごっこ状態でも絶対に捕まえられないし、それにイライラして泣きそうになるとわざと私が捕まえれるように小細工する、憎らしい子どもだった。

そんなことを思い出し、思わずふと笑みを漏らすと、悠の顔が近づいてきて、触れるだけの優しいキスをされた。

「やっと笑った」

悠の大きな手に頬を包まれる。

「お前、無理し過ぎ。それ昔っからのだめな癖だから。しかも今回はえげつない」
「えげつない・・・」
「俺も失敗したと思ったよ。楽にさせるためにって昔っから考えてたプロポーズしたけど、そのタイミングミスったと思った。結婚で安心させてやれると思ったけど、逆にそれが重荷になってるのにも気づいてた」

そう言うと、悠は視線を梅の花に移した。

「名前さ、そんなに深く考える必要なんてないぞ。大丈夫だよ、結婚するから何か気を張る必要なんてなんにもないから。逆に言えば、俺がいつもとなりにいるってことだよ、肩の力抜いて、俺にもたれかかったらいいんだから」

悠にぽんぽんと頭を撫でられ、泣きたくないけど、涙が流れた。









「ホーホケキョ」
「・・・なに?」
「ホー、ホケキョ。うぐいすいないのかよ。雰囲気出ねーじゃん」
「私、悠がいてくれたら十分だから」
「どーした、いきなり素直じゃん」

悠は誰よりも私を知っていて、誰よりも私をわかっている。
この人といれば、きっとこれからも上手く生きていけるのだろう。







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