浜田はいいやつという言葉がぴったりだ。
かつて高校の頃、落第した時も冷やかしまじりのかつてのクラスメートの励ましを笑顔で受け入れていたし、私の急な呼び出しにもいつも応えてくれるからだ。
浜田と再会して半年が経つが、浜田にはなぜか彼女ができない。
私と違って人間もできているし、とてもやさしいのに彼女ができないのはよくわからないが、まあとにかく私が言いたいのは浜田はいいやつだということ、その一言に尽きる。

そして浜田は私にとって興味深い男でもあった。
私が仲良くなる男はいつも1つのネジが外れている男が多い。
抜けているという意味ではない。
どこか1つ、欠点があるというべきか、言い方を変えると結構しっかりしていたり、それなりに力がある人なのに、満足をしていないというべきか。
とにかく何かを欲している人、という表現が一番しっくり来る。
その人たちはその足りないものを私に求め、満たされるともとの場所へと戻っていってしまうのだ。
つまり、私は土台ではなく足りない部品であり、私という足りなかった部品を手に入れた男たちは土台という名の女の下へと戻っていくのである。
私は羽休めの女なのだ。

私は羽休めの女という立場に満足している。
何も求められないというのは私にとってひどく楽なのだ。
それに話を聞くことが苦痛でない私にとって、話題を豊富に持っている男の人たちの話は私を楽しませることよくあった。
そう、私はそう言う関係で男たちと付き合うことに満足をしていた。

しかし、そんな私に変化をもたらす出来事が起こった。
それが浜田との出会いだ。
浜田は羽休めをしていかない。
満たすことに徹底していたのに、今回は私が満たされているのかとも感じる。
時々、ひどく浜田の眉毛が釣下った笑顔が見たくて仕方がない時がある。
それはきっと、私自信がなにか不足しているものがあるということなのだろう。
初めての感覚にどうするべきなのかわからず、時々私は浜田という興味深い男を飲みに誘っては観察を続けている。




そしてこの半年の観察でわかったことを報告すると、以下のようになる。

その1、浜田は聞き上手であるということ。
その2、浜田は私の家に来たがらないということ。

まず、その1に関してだが、私はよく聞き手に回ることがある。
私が出会う人はよく自分のことを話したがる人が多いからだ。
私に聞いてもらうととても気持ちいいらしい。
そして私からはあまり話しはしない、男という人間は話をして満足をする生き物なのだ。
そんな付き合いが多い中、浜田は初めて私の話を聞いてくれる男の人だった。
浜田と話をしていると、気持ちがいいのだ。
時々、ああ、これが今までの男たちの気持ちなのだろうかと思うことがある。

そしてその2。
浜田はいくら飲んで酔っていても、家が近い私の家に寄っていこうとしない。
実は半年前に出会ったあの日、自然な流れで家に誘った。
それは私にとっていつもの普通の流れであり、当然のことであったからだ。
しかし浜田はその誘いを断り、こう言った。
「それはまだ早いから、今日は帰るよ」
それを言われた瞬間、フライパンで頭を殴られるような感覚に陥った。
何が早いのか、どうして今日は帰るのかわからなかった。
楽しく食事をして、お酒をおいしく飲んで、そしてその後は家に行って少しまた話をしたあと寝るんじゃないの?
私の常識をぶちこわしたその発言は私にとって衝撃的であったと同時に、すごく興味深い一言だった。
それ以降、私は浜田を誘わず、いつもむず痒い別れを繰り返している。


近頃、浜田以外の男の人とお食事をしていない。
それはどうしてなのかと言われると難しいのだが、男の人に誘われるたびに浜田の顔が頭に浮かぶのだ。
浜田の顔が浮かぶたびに私は予定があるからと言い、そのあとすぐ浜田に誘いの連絡を入れてしまう。
これはいったいどうしたことなのか。
浜田に言ってみたら、答えが出るのだろうか。
聞いてみたいのだが、浜田はどう答えるのだろうと想像を巡らし、私はそのままごくりとその質問を飲み込んでしまう日々を過ごしている。




















よく飲んだ、今日はいつも以上に。
そう気づいたのは熱燗の4合目が目の前に置かれた瞬間だった。
目の前には名前がおもしろがって下げさせず、並んだ熱燗の入れ物が並んでおり、ビール瓶が4本、その後ろに並んでいる。
はっと気づいた時は既に遅かった。
名前は完全に酔っぱらいとして仕上がっていたし、目がとろんとしていてすごく楽しそうに喋り続けているが、ろれつが上手く回っていない。
まずいと思ったが時既に遅し。
今日はしかも、座って飲んでいるため、酔いに気づきにくかったという不運。

名前は、間違いなく1人で歩けないだろう。

サッと酒が引いていく感じとともに、並んで飲んでいる名前はというと、酔っぱらって一人笑いながら俺の方に頭突きをかましてきた。

「・・・さすがに今日は飲み過ぎだ」
「うん、私もそう思う」

そう言ってにこりと笑った名前を見て、俺は思わずため息をついた。

名前のずるいところはわかっていて飲み過ぎる、賢いところだ。





「大丈夫かー?」
「うん、はまだが、ささえてくれたらかえれるよ〜。ひとりでは、むり」

飲む時はいつも名前の家の近くを選んでいる。
それは俺が家の前まで送っていくのに都合がよく、俺も帰るのに都合がいい場所だからだ。
今日はそれ以外の都合がいいことが発覚した。
名前が飲み過ぎたとき、送っていくのに都合がいいということだ。

運ばれてきた熱燗を飲み終わるまでは帰らないとごねた名前に思わず肩を落とし、俺は急ピッチでそれを喉に流し込んだ。
そのせいで俺もたった瞬間くらくらしたが、それを名前を家に送り届けないといけないという事実を目の前に押さえ込む。
人間というのは目の前に緊急事態が起こった瞬間、思った以上に臨機応変に行動できる生き物だと改めて感じた。
俺は煩わしく財布の中から1万円を出し会計をすませると、ふわふわ上半身を揺らす名前を抱き起こす。
その時真実の胸が当たったことに少し動揺したが、名前は完全な酔っぱらいでむしろ抱きついてくる一方だった。
自分の理性と格闘しながら店をとろとろと出る。

まさに地獄だ。

何度か来たことある飲み屋で俺たちの顔を覚えていた店員さんが「彼女さん、大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
彼女じゃねえと心の中でつぶやきつつ、苦笑いを返して帰路へと着く。
今日は本当にとんでもない日だ。




初めて足を踏み入れた名前の家は、名前のにおいがする。
頭がくらりとしたのは酔っているせいなのか、それとも理性が揺らいだからなのかはわからないが、俺は自制心、自制心と心の中でつぶやく。

「名前、家に着いたよ」
「う〜ん」

名前は相変わらず俺の胸に顔を埋めている。
心臓の五月蝿さは酔っているせいにして、そんな名前の腰を抱きつつ、靴を脱いで部屋の中へと足を踏み入れた。
名前は器用に自分の靴を脱ぐと、抱きついたまま一緒に部屋の中へと足を踏み入れる。

「へんなかんじがする」
「なに?」
「なんか、へんなかんじがする」

驚くほどはっきりとした言葉だった。
10畳ほどの1Kにあるソファーに名前を座らした瞬間、名前はただそうつぶやいた。
俺はいきなりおとなしくなってしまった名前の顔をのぞこうと、隣に腰を下ろした。

「はまだがここにいるの、へんなかんじ」
「・・・確かに、俺も変な感じがする」

頬を少し赤く染める名前にどきりとしたことを隠すように視線を外すと、そのまま俺の目線は部屋の中をさまよった。
名前の部屋は殺風景だった。
少しの観葉植物と、こじんまりとした小ぶりの本棚、シングルにしては大きいのでセミダブルほどの白いシーツのベッドに、少し小さめのベージュのソファー。
彼女の生活の中で必要最低限のものなのだろうと直感で分かり、無駄のない、シンプルな部屋はあまり嫌いじゃないと思った。

「はまだ」
「なに?」
「えっちする?」

俺の胸に自分の胸を押し付け、上目使いで見上げる名前を目の前にまさかの言葉。
いや、むしろ俺はこの言葉を予測していたし、恐れていたのかもしれない。

部屋にくれば名前はきっと、俺にこう訪ねるだろう予測はできていた。
だからこそ部屋に来ることを拒んだ。
ここで俺自身、拒むことができるかどうか不安だった。

したいかしたくないかで聞かれれば、もちろん声を張ってしたいと答える。
そりゃかつて好きな女だし、再会してああやっぱり好きだと再確認できた本当に魅力的な女の子だからだ。
でも、ここで一線を越えるのは違うのだ。

頭をめぐる酒のくらくらと、見上げる名前の目線のくらくらに攻められ、理性が揺らぐ。
でもここで、段階を飛ばすことはだめなのだ。
ごくりとなった喉は、カラカラに乾いていて、少し声がかすれる。

「しない」
「なんでぇ?」
「いましても、俺にとっても名前にとってもよくないから」
「男の人って、えっちしたいんじゃないの?」
「してーよ、めちゃくちゃしてーよ」
「じゃあなんで?」

名前の声が少しずつ涙声になっていくのでどきりとした。
泣くかと思ったが、じっと俺を見上げたまま、俺の返事を待っている。

「段階を踏まなきゃ」
「だんかい?」
「そう、段階」

名前はまるで初めて聞いたという表情で俺顔を見上げている。

「男の人と仲良くなるには段階というものを踏まなきゃいけない。それを間違えたら、俺と名前はもう今までのように飲みにいけなくなるよ。いやだろ?」
「・・・うん」
「名前は今まで段階っていうものを教えてもらってないんだ。だから俺が教えてやる。段階を踏むためには、俺は今日帰らなくちゃいけない」

そう言って名前へ笑顔を向けるのだが、逆に名前はまるで世界の終わりのような顔を浮かべた。

「やだ、」
「だめ、今日は帰る」
「やだ、さみしい」

名前はさらに俺の腰に腕を巻き付けてくる。
沸々と俺の心のなかに喜びが溢れ出て、思わず緩みそうになった頬を隠すように、右手で口元を押さえる。
俺のそんな仕草にも目もくれず、名前はじっと俺の方へと視線を向けたままだ。

ああ、なんてかわいいんだろう。


それは俺が一番聞きたかった言葉だった。

「寂しいか?」
「さみしい」
「じゃあそれは、俺が好きってことじゃないか」
「わたしが、はまだをすきなの?」
「そう」

知らないのであれば教えてやろう、本当の恋とはこれのことを言うのだと。

「俺も名前が好き、大好きだ。だけど、だからと言ってここでするのは段階を間違えてしまう。ひとつずつ、段階を踏んでいけば俺も名前も幸せになるから」
「そうなの?」
「そう、幸せになるんだ」

少しずつ名前の表情には明るさが浮かんでいく。
まるで始めて言葉を知った子どものような、無邪気な子どものような顔だ。

「じゃあまずは俺の名前を呼んで?」
「・・・良郎」
「そう、それがまず第一歩」

そう言って俺は名前に内緒で、もう一歩先へと進む。
名前をそのまま抱きしめると、お酒のにおいと名前の香水のにおいが鼻をかすめる。
あまり甘くなく、シトラスのさっぱりしたにおいは名前らしい。

俺たちはそのまましばらく抱きしめ合ったあと、ゆっくり顔を話すと互いに笑い合った。



彼女の本当の恋は、はじまったばかりである。







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