朝日が下町を照らす。
私はこの瞬間が好きだ。
下町でも貴族街に限りなく近いこの場所から下町を見下ろすのが好きだった。
それが、この朝日が差し込む瞬間だったらもっと好きだ。
下町の建物の間に朝日が差し込み、澄んだ空気が少しずつ太陽の光に照らされ、空気中の水蒸気が上空へとあがっていく感じがする。
そして太陽の光を浴びた下町は、少しずつ人々が動きだし、活気が出てくる。
大好きな下町の目覚めの瞬間は私の大好きな時間だ。

こんなとき、ふと彼が頭の中に浮かぶ。
私と同じように下町を愛し、下町のことならどんなことでもやってのけようとする無茶なやつで、めちゃくちゃだけど、心優しい彼の存在を。


私は目の前の胸あたりまである塀へと体を預け、その下に広がる下町を見下ろす。
腕を塀の上に預け、その上に自分のあごをのせた。
それと同時に大きなため息が出た。

彼はどうしてるのかな、元気にしているのかな、一応それなり仲だったと思う。
そうなるとしばらく会っていないのは寂しいという言葉がしっくりくる。
待ってくれとも言われなかったし、待ってるとも言わなかった。
ユーリの決意を揺るがしたくなかったし、私の存在で迷うようなことをしてほしくなかった。
でも正直な気持ちを言えば、

「やっぱ、なんだかんだ寂しいのよね」
「待たせちまったみたいだな」
「えっ?」

ここは下町なわけで、まさかこんな場所にいるはずないのに。
しかし、その声はまぎれもなく彼で、私が聞違うわけもない。

振り返ったそこには少しの荷物、そして足下にかわいい犬を連れたユーリがいた。

「ユー、リ?」
「ただいま、ナマエ」

数ヶ月ぶりに見たユーリの顔は以前と変わりなく、私をひどく安心させた。











ユーリくんと過ごす、下町の夜明け



「なんで、いるの?」
「帰ってきたからだろ」
「帰ってきた?」
「そう、言葉の通りだ」

そう言ってユーリは私の横に並ぶと、私と同じように下町へと視線を向けた。
まだ少し薄暗い下町は、ほとんど人気がない。

「なに?びっくりして言葉も出ないってか」
「いや、だって、騎士団は?」
「やめた」
「は?」
「やっぱ俺には合わねーよ、騎士団は」

私はユーリへと視線を向けたまま、体を硬直させていた。
まさか、やめるとは思ってもいなかったし、今こうやって私の目の前にいることも考えられなかったからだ。
ユーリはそんな私に気づいて顔をこちらに向けた。
相変わらず体を硬直させたままの私に、目を細め、安心させるような顔を浮かべる。

安心する一方、私はユーリの目を覗き込み、ユーリの心を確認しようとしていた。
騎士団をやめるなんて、よっぽどのことがあったに違いない。
フレンとのけんかなんて日常茶飯事にしていることが原因なわけないし、何気なくめんどくさくなったからやめた、なんてあきらめるような理由でもないだろう。
きっとユーリなりにやめるという結論に結びついた、それなりの出来事があったのだろうと思う。
その出来事がどんなものなのかは別として、きっとなにか辛い思いをしたのだろうという予測が成り立った私の頭の中では、ユーリに何か異変がないかと妙に気になってしまう。

「なんだよ、俺の顔、なんかついてるか?」
「違うけど」
「大丈夫だよ、お前、相変わらずわかりやすいのな」

そう言って私の頭へと左手を伸ばすと、そのまま自分の胸へと引き寄せられた。
突然のことで、私は言葉を出すこともできず、思わずユーリの胸へと手をついて、中途半端な格好になってしまった。

「心配させたな」
「そんな・・・」
「俺は大丈夫だからさ。これからはずっと、下町に、ナマエのそばにいるからさ」

鼻がつんとして、視界が一瞬緩んだのはきっと気のせいだと私はユーリの胸へ預けた顔をさらにぐっと押し付けた。
ユーリはもう片方の手を肩に回し、とん、とんと子どもをあやすように、私を落ち着かせるようにリズムを刻む。
泣きそうなことを気づかれたくないとしたことで、ばれてしまったようだ。
いや、むしろユーリにはどうしようと、どうもがこうと私のことなんて隠し通せないのかもしれない。
悔しくもあるけど、私のことをいつでも理解してくれる、やっぱりユーリだ。
ユーリの久しぶりの暖かさは私に安心をもたらしてくれる。

「よく、ここに2人で来たな」

かつて騎士団に入る前、よくここまでユーリと一緒に来たものだ。
トレーニングの一環として早朝、ここへ来ることを日課にしていた私にいつの間にかユーリが引っ付いてきて、一緒に来る日が続き、そしてユーリが騎士団に入ったと同時にまた、1人になった。
でも、これからは違う。

「また、一緒に来れるね」
「そうだな」

顔を上げると、ユーリと目が合った。
少し痩せたかな、と思ったがそんなことどうでもよかった。

ユーリのキスを受け入れようとした時だった。

「ワンッ!」

驚いて足下を見ると、なぜか煙管を加えた犬がいる。
ユーリの足を前足でかりかりと引っ掻いているではないか。

「はは、悪い悪い、お前のこと置いてきぼりにするつもりはねーよ」

ユーリはふと私から手を離すと、足下の犬を抱きかかえ、私の目の前へと持ってきた。

「新しい仲間だ、ラピードな、よろしく」
「ラピード?」
「ラピード、ナマエだ。覚えとけよ」
「ワンッ!!」

私は気が抜けて思わず笑ってしまった。



また、ユーリがいる下町に戻る。
きっと下町は今まで以上に騒がしく、忙しく、だけど元気で幸せが溢れる場所になるだろう。


「ユーリ」
「ん?」

「おかえり」

私はラピードを降ろしたユーリの首に思わず腕をまわした。
そして自分の腰へと巻き付く力強い腕がうれしすぎて、ユーリの頬へと唇を寄せた。







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