「ナマエちゃ〜ん、大丈夫〜?」
「う〜ん、・・・イケる!」

いきなり耳元で大声を出すもんだから、俺は驚いて思わずその場に立ち止まった。
しかしお嬢さんは次の瞬間にはむちゃむちゃと口の中で何かをつぶやき、俺の背中に引っ付いている。
今日は珍しく酔い潰れてしまったので、もしかしてここのところの旅で疲れていたのかもしれない。
このお嬢さんはよく動き、よく喋り、よく笑い、よく怒り、よく悲しんで、よく話しかけてくれる。
いつ見ていても疲れないものかと思うのだが、ユーリ曰く、元々落ち着きのない人間らしく、そうやって忙しなく動き回っている方がナマエらしいそうだ。
年が一回り以上も離れているんだ、元気で明るいのも当然だ。
そう思うと自分自身の年を再確認するようであり、改めて年を取ったと満月の空を見ながら考えていた。










レイヴンさんと過ごす、深夜零時



俺もそこそこ飲んでいるので、酔っぱらっていると言えば酔っぱらっている。
記憶の中ではユーリとフレンも同じように酒場に入って飲んでいたはずなのに、気づけばナマエと2人だけになっていた。
2人が途中で帰っていったことも気づいていない俺自身も、相当酔っているのかもしれない。
ユーリはそこそこ飲めるものの、羽目を外すような飲み方はしないし、フレンはあまり酒が得意ではない。
そのためいつも飲み進めるフレンをユーリかナマエが途中で制し、帰らせるのがほとんどだ。
だからきっとそんな状況下になり、フレンを連れてユーリも帰ったというところだろうと、勝手に思考を巡らした。

「レイヴ〜ン」
「あら、ナマエちゃん、どうしたの?」
「のど、かわいた」
「お酒はもうだめよ」
「おみず」
「はいはい、ちょっと待ってね」

今日なぜ飲みに行くことになったのかと思い返せば、言い出したのはナマエだった。
みんなでパーッとしよう!と言い出したナマエに1番に乗ったのはもちろん俺だったし、そんなナマエに残り2人も賛成したのだ。
元々お酒が好きな俺と、そこそこ飲むナマエは飲みかわすことも少なくはない。
しかし近頃はめっきりと減っていた。
最後の決戦が着々と近づいてきていることに少なからず、メンバー全員が意識を巡らしていたし、少し空気がビリピリしているのにも気づいていた。
長い間ナマエのことを見てきたわけじゃないが、何も考えないで騒いでいるように見えて、実は頭の中ではいろんなことを考えていると思う。
今回、こうやって誘ったのはナマエなりの気遣いであり、ナマエなりに精一杯できることなのかもしれない。

俺は川辺まで連れてくるとナマエを川辺に降ろした。
背中の暖かみが無くなり、少し寂しく感じたが、今度は右手に暖かいぬくもりが訪れた。
ナマエの温かい手が俺の右手をつかんでいた。

「どこいくの?」
「そこに水、汲みにいくだけ」
「私も行く」
「落っこちても知らないわよ」
「だって、レイヴンいるから、だいじょうぶ」

そう言ってにっこりと笑う。
なぜ、こうも彼女は俺の心をかき回すのだろう。





「はー、うまい」
「ナマエちゃん、女の子はね、うまいじゃなくて、おいしいよ」
「うん、おいしい」

そう言うと、にっこりとまた笑う。
酒がまだ抜けていないので、頬を赤く染め、ナマエの体は熱かった。
つながれた左手に思わず力を込めると、ナマエは笑顔を潜め、俺の顔を覗き込んだ。
普段、こんなに近くでそれぞれの顔を見つめることもない。
俺は思わずごくりと息をのんだ。

「レイヴンってさ、」
「うん」
「思った以上に男前だよね」
「・・・何言い出すの?」

ナマエと手をつないでいる反対側、ナマエの右手がすすっとのびてきて、俺の頬に触れた。
ナマエの手は、相変わらず熱い。

「レイヴンってさ・・・」
「うん?」
「今まで、どんな人と出会って、どんなこと考えて、どんなものを見てきたんだろう」
「・・・」
「それに、今どんなこと考えているんだろう」

ナマエはこんな直球な質問をしない。
直球な質問を恐れるように、少し視点をずらしたり、探るような質問が多い。
そう考えると、今日はよく飲んだ分、本当に酔っぱらっている。
そんなナマエが珍しく、俺はもう少し見ていたいとあげた腰をナマエの目の前に降ろした。
ナマエの体はいつでも引き寄せられるほど近い。

「ナマエちゃんは俺の何が知りたいの?」
「ぜんぶ」
「今日はえらく大胆なのね」
「そんなことないよ」

実のところ、ナマエからの好意は何となく気づいていた。
よく目が合うし、気づけば隣にいることも多かったし、怪我をしたときに誰よりも先に気づいていたのはナマエだった。
俺はその好意に何らかの返事をすべきではないと今まで思っていたし、今後もする気はなかった。
なんせ、年も一回り以上離れてもいる、今はこうやって一緒にみんなといるが、かつていろいろあって離れたこともあった。
それに人とは違う体を持ち、いずれ、ナマエが辛い思いをするのもわかっている。
そう考えればそう考えるほど、ナマエから距離をとるべきだと頭の中で思ったものだ。
しかし、それはできなかった。
今までにない、暖かさと心地よさがそこにはあった。

「レイヴン、この旅、おわったらどうすんの?」
「さあねー、ただ、俺の命は凛々の明け星のものだから、俺が考えることじゃないのかも」
「そっかー」
「そうなのよ」

ナマエは俺の左頬に振れていた手をゆっくりと離すと、今度は胸の辺りへと持っていった。
ナマエを背負っていたことで少しはだけた肌からは、心臓魔導器が顔をのぞかせていた。

「冷たいね」
「そりゃ、魔導器だからね」
「でも心臓だよ」
「おっさんの心臓は、冷たいからね」

ナマエの温かい手が触れても、何の感覚もない。
俺の心臓なのに、その暖かさを感じれないなんて、そう考えて思わずナマエの右手を引いていた。

やってしまったという後悔とともに、やっと触れられたという安心感が俺の心を渦巻く。
ナマエの体はやはり暖かくて、そして柔らかくて、小さかった。
ナマエの顔がちょうど俺の右肩に埋まっていて、息をのんだことがわかる。
まさか、俺に抱きしめられるなんて思ってもいなかったのだろう。

「びっくりした?」
「うん」
「いきなり抱きしめるなんて、紳士的じゃないわね」
「うん、抱きしめられたことも、もちろん驚いているけど・・・」

抱きしめられたことに体を固くしていたナマエは、ふと息を吐いて体の力を緩めた。

「レイヴンって、ちゃんと温かいんだね」

顔を右肩に埋めたまま、そうつぶやくと、俺の背中にゆっくりと腕をまわした。
ナマエの言葉は俺の心に驚くほどすんなりと浸透して、もうだめだと思った。

「ナマエちゃん、アンタって人は・・・」

思わず体を少し離すと、ナマエの右頬へと手のひらを滑らせた。
月明かりの中でもわかる、俺の日に焼け、不健康な左手の色がナマエの奇麗な白い肌に触れると、やけに目立つ。

「やっとレイヴンに近づけた」

そうやってうれしそうに微笑む。
俺は今、いったいどんな顔をしているのだろうか。
きっと誰にも見られたくない、締まりのない顔をしているんじゃないだろうか。

「俺も、やっと触れられた」

そっと顔を近づけると、どちらからともなく目を閉じて、甘い口づけをかわした。







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