初め白な壁、ずらっと並んだ部屋。
潜在犯と見なされた人間は、更生を夢見、ここで過ごす。
更生と言ったが、実際のところここから出れる人間はほぼゼロに等しい。
一度犯罪係数が上がり、セラピーで下げられない一定の基準を超えると、そこからは、もう潜在犯として一生を過ごすのみ、だ。

初めて彼女を見たのはそんな施設内だった。
名字名前、16歳。
8歳にして潜在犯となり、その後、施設で生活。
シビュラシステムにより、若干16歳にして執行官として十分になり得ると判断された少女。
一係で世話をすることになったので、ギノと2人で迎えにいったのが初対面の時だ。

そのときまだ俺は22歳だった。
一係で俺とギノが来るまで監視官をしていた先輩が抜けた直後だった。
俺たちが一係に配属されてから、初めての新入りだ。
16歳で執行官に選ばれるような少女、俺の頭の中ではいろんな想像が巡り、ある意味楽しみにしていた。

しかし、思ったのとは全く違う光景が、俺の目の前にいた。




小さな体、やせ細った足、腕。
ボサボサの短い髪。
まるでどこかの迷子になった小さな子どもだ。

部屋の片隅に膝を抱えて小さくうずくまっていた。

俺とギノは思わず顔を見合わせた。
言葉にこそ出さなかったが、2人の考えたことは一緒だ。
まさか、こんな少女が。

しかし、俺たちはその少女の瞳を見たとたん、息をのむこととなる。
ピンク色の形の良い唇、痩せているのにふっくらと形の良い頬、離れた場所から見てもわかる長いまつげ。
そして少しつり目がちの大きな目。
まるで作られたように綺麗に整った顔のパーツは、未だ嘗て見たことないほど綺麗で、美しかった。
そしてなによりも瞳の奥には、何なのかわからないが胸を鷲掴みにされるような力強さがあった。
目が合った瞬間、そらせなくなった。

あのとき彼女が何を思い、どんな感情を抱いて執行官をいう立場を選び、俺たちを見ていたのかは全く以てわからなかった。
しかし、部屋からゆっくり出てきた瞳には、少なくとも俺たちに対し、嫌悪感を漂わせる視線を向けてきたことだけは今でも覚えている。

その日は一言もしゃべらず、宿舎へと案内している時も、いっさい口を開くことはなかった。













初めて彼女が口を開いたのは一係で自己紹介をした時だ。

「名字名前」

ただ一言、自分のなまえだけ言うと、それ以上のことは言わなかった。
しかし俺はまずしゃべるのかどうかも怪しいと思っていたので、自分のなまえをちゃんと言ったことに対しては驚いた。
そして思ったよりも女の子らしい、きれいな声をしているとも思った。

「まだ年は16歳だが、シビュラシステムにより適性判定がしっかり出ている。現場経験を積めば今後大きな戦力になるのは明確だ。同じ執行官として、よろしく頼む」

ギノの言葉に征陸も佐々山もただただ驚いた顔をするばかり。
俺だって驚いたんだ、この2人が驚くのも無理はなかった。


その後もしばらく、彼女は口を開こうとはしなかった。










「お前さ、初めて俺たちとあった時、どんなこと考えてたんだ」

部屋でベッドに2人で横になったまま、何もすることもなく本を読んでいた。
不意に昔の記憶がよみがえり、聞いてみたくなった。
俺たちにも警戒心を持ち続けていた少し前までなら絶対に話すことはなかっただろう。
今なら素直に答えてくれるだろうか。


相変わらず体は細いし、体も大きく育つことはなかったが、あれから6年。
少女だった体は着実に女性へと変化した。
やせ細ってまだ骨張った体は丸みをおび、魅力的な女性になった。
まだどちらかといえばかわいらしい外見から、今ならただ一言美しいと言えるような成長を遂げた。

しかしあの頃と変わらない、強い力を持った瞳は変わらない。


案の定彼女は読んでいた本から顔を上げると、じっと俺の瞳を見て何かを考えているようだった。
きっと俺がなぜそんな質問をしたのか、そして俺がその質問により何を望んでいるのか考えているに違いない。

「なんだ、そんな深く考えるな。ただ思い出しただけだ、お前と初めて会った日を」
「・・・」
「何も言わず、出てきたお前はその後も名前以外何も話さなかったし、今のように喋り始めるまでも時間がかかった。それにそんな状態で何を考えているとか、聞ける状態でもなかったしな。ふと思ったんだ、今。別に深い意味はない」

名前はパタンと本を閉じると、ベッドの上で座り直して、まっすぐと俺へと体を向けた。

「執行官になる人って、過去に潜在犯となったきっかけが原因だったり、ただあの施設を出たかったり、そんな意見が一般論だと思う。私もそうだと思ってくれればいい」
「はっきりしない答えだな」
「しょうがないよ。私にもわからないんだから」

そう言うと、それ以上言うことはないと言ったように、ベッドの中に潜り込むと、そのまま寝るつもりなのか、寝そべっている俺の胸に顔を埋めてきた。
話したくないのか、それとも本当に深い考えもなく執行官を選んだのか。

「じゃあ質問を変える」
「しつこいな」
「初めて俺たちを見たとき、何を思った」

俺の胸から顔を上げて、またじっと瞳を見つめてくる。

「・・・」
「これもノーコメントか」

ふと視線をそらし、また胸の中に顔を埋め、ぼそりとつぶやいた。

「・・・死神」
「へ?」
「死神が来たのか、それとも神様が来たのか、どっちだろうと思った」


名前の返答はわかりにくいようで、何となくわかった。
その真意は彼女にとってつらい決断だったことを直感で俺は感じた。

この6年間、名前をずっと隣で見てきて、いつも彼女は堂々としているどこかで、怯えていた。
当然だ。
いきなり社会に放り投げられ、まだ16歳にしていわば人殺しを行うわけなのだから。
彼女のその時の気持ちを今、言葉に表せと言ったって、言葉で表すことの難しさが勝る。

自分を迎えにきたのは黒いスーツを着た、死神の集団なのか。
それとも白い施設の中から連れ出しにきた、黒い服を着た神様なのか。

俺は名前の腰に手を回し、自分の方へとぐっと引き寄せた。

「・・・つらいこと思い出させたな。悪かった」
「いい。あの頃のこと、忘れたくないんだ。あの気持ちをずっと持ち続けていたいから」

名前は執行官を選んだ時の葛藤や辛さは誰にも話すこともなく、ずっとこれからも、自分の殻の中に閉じ込めたまま生きていくつもりなのだろうか。
その葛藤や辛さこそが彼女の生きる意味であり、ここにいる意味でもあるのかもしれない。

それは俺にとってつらいものであるのも事実だ。
まだ彼女は俺のことを心から信用していないと言って言いだろう。
まだ、自分のからに閉じこもったまま。
俺が手を差し伸べたところで、こちらを見つめてくれてはいるが、手を握り返してはくれていない。

いつか、彼女の生きる意味がそんなつらい過去に縛られることではなく、違う意味をもたせればいい。
俺が名前を守りたいと思うように、過去から解放して、今いる目の前に生きる意味を見いだしてくれれば良いと思う。

まだそれまでには時間がかかるだろうが、いつか、名前の口から聞きたい。
今を生きる喜びを感じさせる言葉と、俺を心から必要としてくれる言葉を。








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