「慎吾、お前それ、・・・犯罪じゃないか?」
「んー、まあ、俺がお前と同じ立場だったらそう言うな」

 俺はそう目の前のかつてのチームメイトに言い、苦笑いを浮かべるしかなかった。まさか、俺もこんなことになるとは思わなかったし、今でもちょっと信じられない…ってのはいいすぎだけど、変な感じだ。
まさかこの俺が高校生に手を出すことになろうとは。












 まず朝目がさめると俺の右側に温かいぬくもりがある。黒くてストレートの髪、白い肌、静かな寝息を立てる目の前の女性…ではなく女の子。その女の子はまだ17歳の女子高生である。そして俺は今年から新卒社員としてその業界の中では大手の会社に就職した。まだ就職して1ヶ月とちょい、なれとは程遠いこの時期になぜこんなややこしい女と同じ朝を迎える羽目になったのか。
いや、女ではなく、女性でもない。まだ彼女は女子高生の、女の子。

その女の子はすやすやと静かに眠る。こちらに向けている顔を覗き込むが、こう見るとやっぱりまだ初心なかわいい女子高生。でもこれが目覚めると目が飛び出そうなほどの変貌を遂げるのだ。

「おい、名前。起きろ」
「・・・んー、痛い」

ぺちぺちと軽く頬をたたく。時計は6時を指している。まだ早いといえば早いのだが、今の俺にとっては結構ぎりぎりの時間。

「6時、今日はお前の当番だろ」
「わかってる、よ。…今起きる」

そう言ってもぞもぞと動き出す。こいつは朝が弱い、すごく弱いわけではないけど俺に比べたら弱い。まるで這うようにベッドから出ると、のそのそという表現がぴったりの歩き方で洗面所へと向かっていった。

女子高生との2人暮らしは予想がつくとおり、あまりいいもんではない。が、そんなことを言いつつ希望してすんでいるのは紛れもなく俺だ。


 部屋のドアがゆっくりと閉まっていくのを見ながら、俺は昨日のかつてのチームメイトとの会話を思い出していた。













「何でそんなことになってるんだ?」
「まあいろいろあってよ。正確には手を出したというか、出さざるをえなかったというか…」
「どっちにしろ出したんだろ」
「・・・そうなるな」

近所のファミレスに男二人、一方は体が大きく深くキャップをかぶり、もう一方は高校生のころとは見慣れない黒い髪にスーツを着ていた。第三者の目から考えると、なんだか気持ちわりいと思う。
かつて俺たちは同じチームメイトで同じ目標に向かって毎日白いボールを追っていた。血を吐きそうな激しい練習に耐え、笑いあったり泣いたり、今考えるとなんとも熱く、青春の中の青春の日々を過ごしていた。
だが気づけば見てのとおり、みんなまったく違う道を歩んでいる。それを見るたび感じるたびに、俺って成長して大人になったんだと感じさせられる。
河合は今年からドラフト1位指名でプロ野球選手に、俺はこのとおり、サラリーマンだ。同じチームメイトもいろんな道を歩んでる。俺と同じようにサラリーマンになったやつ、留年してまだ学生してるやつ、実家をついで自営業してるやつ、いろいろだ。
俺だって今の河合のようにプロになることを夢見たときもあった。でもそれも長くは続く夢ではなかった。どちらかといえば要領もよく、IQ的には悪くない俺の頭で考えると、俺がプロに行くことはハンパな努力では無理だということはわかってしまった。桐青の3番を打ってたのは事実だけど、そりゃ俺より才能あるやつは全国いったらゴロゴロいた。
それに気づいた高校2年の夏。
プロ以外でも生きてけるし、俺は器用にある程度できることはわかっていた。だからそんな落ち込まなかったけど、まぁ小さいころからの夢は消え、ちょっとはつらかった記憶。若い俺。

「で、どんな子なんだよ」

いくらお前だって簡単に高校生に手を出すようなやつじゃないからな、と付け足す。

「・・・かわいそうな子」
「は?」
「うそ、めっちゃかわいい子」

にこっといつもの笑顔を見せる。河合はわかっているだろうけど、あまりそこから突っ込んでこようとはしなかった。河合は知っているんだ。
俺がいつもこうやって今の笑顔を見せるときは何かを隠していて、なおかつ絶対に口を割らないということを。
小さくため息をついた河合は
「ま、友人として言わせてもらうけど、ニュース沙汰とかはやめてくれよ」
と笑顔を半分浮かべて言った。

「当たり前」

そう言って俺は目の前のアイスコーヒーに口をつけた。













「しんごー」

少し低めの聞きやすい声。

「・・・なんだよ」
「なんだよじゃないよ。シャケの塩焼きと目玉焼き、どっちがいい?」

そう言って制服をすでに来た名前がドアから顔を出した。俺はベッドから出ると、大きく伸びをする。

「んー・・・どっちも」
「また太るよ」
「うっせーな、朝はどんだけ食っても太んねーの」
「あ、っそ」

そう言ってパタンと扉を閉めた。かわいくねー女子高生。

名前との出会いは1年ほど前になる。出会いは俺の実家、夏。
久々に帰って来い何が何でもと言ってお袋が連絡をしてきたので、俺はバイトを休んで実家へと帰った。そのころはもう内定ももらえていたため、その報告にも行ってなかったからついでになんてそんな感覚だったのを覚えている。
18年間過ごした家に久々に帰ってきて見慣れた家に入り見慣れたリビングに入ったのだが、そこにいたのは見慣れない女の子だった。それが名前だった。

で、なんだかんだでなぜかこいつは俺の部屋に転がり込み、今に至る。この事実を俺の両親は一応知っている。まさか、こんなことになってるとは思っても見ないだろうけど。


「しんごー!もうできるよ!」
「はいはい」

ドアの向こうから聞こえる声に小さく返事をし、スエットを脱ぎ捨てた。



寝室から出ると、シャケのいいにおい。キッチンには長いストレートの黒い髪をシュシュで結んだ名前。ピンクのエプロンをして、化粧っけのない横顔は高校生にしたら大人っぽいような気がする。
ふと、視線に気づいて顔を上げた名前と目が合った。

「もうできるって、早く顔洗っておいで」
「はいはい」
「はいは一回」

まるで母親のようなことを言う名前は嫌いじゃない。手際がよく要領もいいし空気も読める、俺とよく似ていると思う。
だから助けてあげたいと思った。


名前には両親がいない。名前の母親と昔から関わりがあったうちの母親が名前を引き取ったのが俺との出会いのきっかけだ。俺はずっとあったことがなかったけど、名前とお袋は何度か会っていて面識もあり、名前も血がつながっていない赤の他人であるのにかかわらず、思ったよりなついていた。
そこからなにやらいろいろあって気づけば今の状態になっているわけだ。


「はい、朝から高カロリー朝食!」

どんと俺が座ったテーブルの前に山盛りのご飯が乗った茶碗がおかれる。

「お前、もっと俺に労われよな」
「慎吾になんで労わんなきゃいけないのよ」
「お前な、その口の利き方よくねーぞ」
「慎吾に指摘されるなんて信じらんない」

実はこの光景は毎朝のお決まりである。

「お前、友達少ねぇだろ」
「私は広く浅くより、狭く深くがいいので」
「かわいくねーの」
「慎吾はかわいい私が良いわけ?」

ふとシャケに伸ばした手を止めて名前へと目を向ける。名前は笑顔を浮かべたまま、まっすぐと俺を見ていた。俺が発する言葉を待っているかのように。いや、俺が発する言葉を予想して、なおかつそれがあっているか待っている、楽しんでいる顔。
マジ、こいつにはかなわねぇんだよな。

「俺はかわいくねぇお前が好きだからな」
「私もかわいくない私が好きって言ってくれる慎吾が好き」

俺たちの愛情はちょっとほかから見たらおかしいかもしれないけど、ちゃんとした愛の形。









「じゃ、慎吾行ってらっしゃい」

かわいくないけど律儀に玄関まで見送りにきてくれるところはかわいい。

「いってきます」


そういっていつものようにかわいくない女子高生の名前にキスをした







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