俺は甘ったるい声で俺の名前を呼ぶやつが嫌いだ。それに上目使いまでされたら吐き気もんだ。
だけど、なぜか彼女の声だけはきにならない。俺の名前を呼ぶときも「隆也」じゃなくて「たかや」って感じの甘ったるいし、ねとねとって表現が似合うような喋りの彼女は、まるで声で俺に絡み付いてくるようなかわいくて不思議な女性だ。









 夜の10時、今日は練習の後にミーティングがあったため少し遅い帰宅。名前にメールを入れると今日は9時には帰れるとメールが帰ってきていたので、もう家にいるはずだ。

オートロックの入り口を抜け、エレベーターに乗り込む。手馴れた手つきで8階を押した。
部屋はエレベーターから一番遠い部屋だ。他人が前を通ることもめったになく、一番安全な場所、808号室。
部屋の前についてインターホンを押そうと伸ばした手を止めた。ふと少し考え、俺はそのままその手を腰にぶら下げている鍵をつかみ、それで部屋の鍵を開ける。ガチャリという音とともに鍵があいて、ゆっくりと扉を開ける。中は明かりがついていて人がいることが伺えるのだが、しんと静まり返っている。

おそらく、俺が思った予想は当たっている。



「おい、名前」

キッチンを通り過ぎ、リビングの真ん中には少し大きめのソファーがある。女性だったら楽に横になることができ、あまり窮屈なくくつろげるような大きさ。このソファーは俺がこの部屋に転がり込むことが決まって、俺が無理やり押し切って自分で金を出したものだった。
そんなベージュのソファーにすっぽり納まるように横になる女、少し背中を曲げて、足を折り曲げて、まるでネコが寝ているように小さくなっているのはこの家の住人、名字名前。
俺が声をかけたにもかかわらず、スースーと静かな寝息を立てて寝たままだ。キャミソールに短パンという姿で寝ている。なんとも無防備である。

俺は意地悪をしてやるつもりですっと手を伸ばし、化粧をすでに落としている頬に触れた。ピクリと長いまつげが揺れる。でもおきない。
俺はさらにその手を下に下ろしていき、わき腹の辺りに到達すると触れるか触れてないかのやさしい手つきでなで上げる。と、今度はさっきの反応とはまったく違う、びくりと全身で反応を示し、閉じられていた大き目の目がパチリとひらく。

「・・・ッ!ちょっと、たかや、!」
「おかえり、だろ?」

そう見下ろしてやると、まるで高校生かといわんばかりに眉を吊り上げ頬を膨らます。そんなかわいい怒り方をしていいのは高校生までだといってやりたいが、ほれた弱みかなんなのか、名前がやるとそれはもうよく似合っていてかわいい。

「・・・おかえり」

怒りながらもそうやって言い返してくれる。
そして次の瞬間にはふにゃっとした名前特有の笑顔になって、俺へと両手を伸ばす。俺はそれにこたえるようにソファーにいまだに沈む彼女へと顔を近づけ、ただいまの代わりにやさしくキスをした。











「たかやー、ビールとってー」

 そう言ってリビングのいすの上にあぐらをかいて座るのはいつもの光景。名前は見た目も童顔で、言動も幼いくせに20代の折り返しを先月の誕生日で迎えた。俺からしたら完全なる年上であって人生の先輩に当たるのだが、そんなことを微塵も感じさせないのは彼女特有の雰囲気。俺はその雰囲気が嫌いではない。

「あれ、1本しかねーじゃん」
「えぇー、じゃあ、じゃんけん?」
「いいよ、俺チューハイでいい」

そういうと、またふにゃっとした笑顔を俺に向けありがとー、とだらしなく語尾をのばして言う。そして早くといわんばかりに手を伸ばす。名前がこうやって何かを求めて手を伸ばすのは癖のようなもので、俺に対しても、何か物を取ってもらうときも、いつもそのほっそい腕を伸ばす。細い腕は少し日に焼けているため、さらに引き締まって細く見える。
ビールばっか飲んでないで、しっかり飯食ったほうが俺の好みなんだけど、なんてことは言わない。まあそれはそれで俺の要望でもあるんだけど、でもそんなことしなくても十分今の状態に満足しているし、ビールを飲む名前は嫌いではない。

少し早めに帰っていた名前は久しぶりに俺より早く帰れるとのことで張り切って料理をしようとしてしたのはいいのだが、疲れて寝てしまったらしい。
テーブルの上には多めのサラダと豚肉ともやしの炒め物、あとはビールに合うようなつまみ。見てのとおりお酒が大好きな名前はお酒を一番に考えて料理をするためいつもそんなメニューになる。
普段から仕事の残業で俺より帰りが遅くなることが多いため俺が作ることが多い。普段大学の野球部の練習のみだったら8時過ぎには帰ってこれるからだ。
ま、でも名前は料理をしないだけで、下手ではないため、まずくはない。

「たかやー、早く。ちんしたのにまたちんしなくちゃいけなくなるよ」
「ちんちんちんちんうるせえな」
「やだ!たかやのエッチー!」

そう言って左手でゆるくこぶしを作り、唇に当てながらくすくす笑う。それも名前の癖。

「はい、じゃあいただきます」

そう言ってちゃんと手を合わせて言う。名前はこういうところはしっかりしている。きっと両親がそうやってしつけをしていたのであろう。




 こうやって名前が住んでいるマンションに俺が転がり込んでもう半年は軽く過ぎる。都心部からあまり離れているわけでもなく、そしてきれいな外観に3LDKのこのマンション。20代の独身の女性が住むには広すぎる部屋。
俺と名前が出会ったのは、俺がまだ高校で白いボールを夢中で追いかけてたころ。名前はそのころまだ大学生で、俺は高校生でまさかこんなことになるなんて思いもしなかった。




 食うだけ食うと、自分の気に入ったつまみだけ持ってソファーに持っていき、テーブルの上においてテレビを見る。いつものパターンだ。
それに今日は名前が大好きなドラマの日、もちろん帰宅には間に合ってない前提で録画をしているので、録画を見る。録画だからいつでも見れるけど名前はいつもその日のうちに見る。本人曰く、その日のうちに見ないといつの間にか1週間が過ぎてしまうから、だそうだ。

「たかや、ちょいちょい」

ソファーに座ってしまうと小さな名前はすっぽりこっちのテーブルからは見えなくなってしまう。だからいつもこうやって手を使って俺を呼ぶ。ちょいちょい、って。

「へいへい、なんだよ」
「なにそのめんどくさそーな言い方」
「めんどくさいなんて一言も言ってないだろ?」

そう言って三咲の隣に腰を下ろす。まるでどっちが年上なのかわからない。
ビールを全部飲んでチューハイを片手で持ってえへへ、と笑名前の頬は少しピンク色に染まっている。酒は好きだがけして強いわけではない。でもめちゃめちゃ弱いわけではない。

「あのさー、明日、飲み会なんだよね」
「ああ、明日金曜か。じゃあ俺休みじゃん」
「うらやましーねぇ、学生様は」

そう言って片手にチューハイを持ったまま俺の太ももの上にごろんと横になる。

「お前、それ、こぼれる!」
「だいじょーぶだよ」

本当に大丈夫というように器用に持っている。毎度毎度同じことをするから器用になったみたいに。でも俺はそんな名前に毎回ひやひやする。なんだか手のひらの上で転がされているみたいで気に入らない。

「じゃあ何にもないんだ」

そう言ってさっきの話に戻される。
テレビではこいつの大好きなドラマが流れている。見なくていいのだろうか。

「何もねーけど、あ」
「あ?」
「バイトがあるわ、午前中だけ」
「午後は?ってか、夜は?」
「よるーは、なんもねえな」

そう言うと体を起こしてふにゃっと笑って俺に顔を近づけてちゅっとキスをした。そのときに名前の飲んでいる期間限定で今出ているチューハイの桃のにおいがした。甘くて、食べたくなるような甘い…。

「じゃ、むかえにきて」
「どこに」
「駅」
「ちけーじゃん」
「いいじゃん!」

そう言ってチューハイをぐいっと飲む。

「ねー」
「んー」
「・・・」
「・・・」


・・・

「・・・あー、わかったわかった」
「ほんと!たかや最高!」

何がうれしいのか、何が最高なのか。
時々こうやって甘えてくる。酔ってるからとかじゃなくて、これがいつもの名前だ。
結局俺が折れる。甘やかしているかもしれないけど、相手が甘いんじゃしょうがない。それに、俺だってそれがいやじゃないから。ちょっと抵抗しようと思ってみただけ。


 甘ったるくって、ねとねとしてる、そんで俺の周りに絡み付いてくる感じ。でも俺はそれが嫌いではない。
何で買って、きっとそれは俺がどうしようもなく惚れてしまっている証拠だ。

「えへへ、らっきー」
「お前、どっちが年上かわかんねーな。子どもみたいな大人?」
「なにそれ!たかやこそ、年上ってわかってんならお前、とか言うなよ!」

チョーップ!と言って俺の頭にチューハイを持つ反対の手でチョップをかます。俺はチョップされる前にそのほっそい腕をつかんで自分の太ももに頭を預ける子どもみたいな大人に顔を寄せてキスをする。
キスをするといつだってこいつは本当にうれしそうな顔でふにゃっと笑う。見てるひとまで幸せにさせるそのふにゃっ、に俺も幸せになる。


「ちょっと、したくなったんだけど」
「えー、今ドラマ見てるんだけど」
「みてねーじゃん」
「いや、見てるね!」
「うそつけ」
「うそじゃないもん」

そういってぐいっと飲もうとした名前の右手に握られたチューハイを取り上げ、俺はもう残り少しになったそれをぐいっと飲み干した。さっき匂った桃の味が口に広がる。

「あっ!なにしてん・・・ッ」

言い返される前に強引に唇をふさいで舌を絡めて。俺たちの口の中は甘いお酒でとろけそうに熱い。時々漏れる吐息が俺の頭を刺激する。

「…その気になっただろ?」
「やっぱたかやはエッチ」
「名前も」

そう言うとまたふにゃって笑う。


俺はそんな大切な彼女を抱えて寝室へと運ぶ。





いつもと変わらない日常。
いつも変わらない幸せ。







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