私は震えるように息を吐き、手に持った文庫本を閉じてゆっくりとテーブルの上に置いた。
目の前にはイヤホンが刺さったスマホと、半分ほど残っている冷めたコーヒー、そして手帳が無造作に置かれている。ふと店の外を見ると、どうやら日が落ちてしまっているようだ。店内を見渡すと、新聞を読んでいる人や、ぼーっとしている人、私のように本を読んでいる人など、一人客が多い。
そんなことよりも私はなんとも言えない居た堪れないこの気持ちをどうすることもできずに、もう一度あとがきへと目を滑らせる。

なぜこうなった、どうしてこうなった。

あとがきにはそれなりになのしれた小説家が解説として読み終わった小説の内容について触れているのだが、私にはどうしてもその解説にも、もちろん本編の内容にも納得がいかない。
いつもだったらホッとした気持ちで読み終えるこの小説家の話なのに、今日はなぜかどうしても納得がいかないのだ。

思わず私はスマホを手に取り、真ん中の丸いボタンへと指を伸ばした。画面には今流れている音楽のジャケット写真が浮かび上がってきたが、全く今の気分とリンクしない。そして小説の雰囲気に合わせようとかけたはずの音楽も、当然のように合ってない。
内に秘めたこの思いをどうすればいいのかわからず、とにかく電話の履歴を押した途端、一番上に堂々と主張しているその名前を見て、私は画面を操作することをやめ、画面を消した。
そして、すぐさまカフェを出る準備を始める。時計を見上げると、午後6時半を超えている。きっと彼は、今も学校の体育館で自主練しているに違いない。
今から急いで行っても15分かかる。7時を過ぎた頃に着くだろう。

きっと行ったって呆れた顔をされる日がいない。それでも私はもう、彼に会いたくて仕方が無いのだ。




















「真太郎!聞いてよ!」
「・・・今日は何なのだよ」

真太郎はすでに自主練をすましたようで、ボールを一つづつ拾って、籠に片付けているところだった。私は靴を脱いで体育館へ足を踏み入れて、足音を気にすることもなく、大股で真太郎へと近づく。足の裏が少し痛いのと、冷たいのが気になったが、それどころではない。途中で転がっているボールを1つ右手に抱え、左手にも抱えようとしたところで誤って鞄を落下させ、中身をぶちまける。
女子らしくもない悲鳴をあげた私に、当然のように真太郎は呆れた顔を浮かべた。

「お前は何をしに来たのだよ」
「・・・手伝いに来た」
「カバンの中身をぶちまけておいてか?」

豪快に筆箱の中身も散らかり、お菓子の食べカスまで出てきているその残念な光景を自分自身ため息をついて見下ろす。
私はゆっくりと右手に持ったボールを横に置いて、カバンの中身を拾い始める。その間も真太郎はボールを一つづつ、几帳面な様子で拾っていた。なんとも情けない。

そして結局かばんの中身をすべて拾い終わった頃には真太郎もバスケットボールをすべて拾い終わり、体育館の中は綺麗に片付け終わっていた。本当にいったい何をしに体育館のど真ん中まで来たのか自分自身も分からない。

「本当にお前は、何をしに来たのだよ」
「本当にその通りなのだよ」

真太郎の言う事に肯定するつもりで口調を真似たというのに真太郎は嫌な顔を1つして、いつものように眼鏡へと指を持っていく。

「着替えるから待っていろ」
「はーい」

真太郎はそう言ってのっそりと自分のペースで更衣室へと向かっていくが、実は私のために急いでいるのを知っている。高尾くん曰く、練習後の真ちゃんは着替えが遅くて待つのが大変、らしいが私が待っている時は、本当に早いのだ。
ほら、体育館の天井を見てぼーっとしていたらもうやってきた。思わず笑みを浮かべると、真太郎は訳が分からないと言った顔で私の方へと近づいてくる。

「ところでなんで来たのだよ」
「・・・はっ!」

私はそこでやっとわざわざ学校に帰ってきた理由を思い出したのだけど、隣に並んだ真太郎の存在がいる事で、なんだかもうどうでもよくなってきた。

「・・・多分真太郎に会いたかったんだと思う」
「またそれか」

何か新しい発見をしたりだとか、うれしい事があったりだとか、今日見たいに本を読んでいてもたってもいられなくなった時は誰かに知らせたくなる事って、誰にでもあるだろう。私はそんなとき、どうしても真太郎に知らせたくて、というか真太郎に会いたくてたまらなくなるのだ。
そしてそんな私の事を真太郎はよく知っている。結局顔を見ただけで、ほっとしてしまうという事も。

「お前の事はよくわからん」
「えへへ」

そう言っているのは真太郎の天の邪鬼な所だってのも、私だって知っている。真太郎は、本当はうれしい事を知っているのだ。

「名前」
「え?」
「置いていくぞ」

そう言って呼ぶと、私が喜んで真太郎の右腕に抱きついてくるのを知っていて言っている。




「あ、そういえばね!今日読んだ本なんだけどね!」
「・・・また本の話か」


いつも近くにあるもの、相手の事が分かること、当たり前の幸せ、温もり。







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