今日は怜たちの県大会の日だった。
私はその日、残念ながら自分の部活があったため、応援には行けなかったものの、ちゃんと朝にメールした。
怜はきっちり礼儀よく返事を返してくれた。
「いってきます」
シンプルな一言は、怜らしく私は安心して自分の部活に向かった。

今日は午前中で終わりだった。
その後軽くミーティングがあったため、解放されたのは1時を回っていた。
怜の話では、もう予選は終わっている時間だ。
私はミーティングが終わったとたん、ケータイを探すため自分の鞄に駆け寄った。
そんな私の姿を見て、友達は苦笑いしていた。
もちろん目的は、怜からの連絡が来ていないか確認するためだ。
自分からの連絡はやめた。
まだ会場にいるだろうし、予選を突破できたのかどうかは分からない。
結果は帰ってきてから、もしくは終わってから怜から来るだろう連絡を待つつもりだった。
ケータイに1通メールが来ていたが、それは怜からではなく出会い系サイト勧誘メールだった。
私はがっくりしたけども、今の時間に来ていないことは予選を突破できた可能性が高いことを感じ、少し胸を躍らせた。

「怜くんから連絡来てた?」
「まだ。もしかしたら予選突破できたのかもしれない」
「なんで?」
「だって、連絡来てないし。きっと決勝を控えてるからメールが来てないんだ」
「普通逆でしょ?」
「へ?」

友達は片付けをしながら私に言葉をかけた。

「普通、勝ったらうれしくてすぐ連絡するもんじゃない?負けたらそのショックと少しの恥ずかしさでなかなか連絡入れられるもんじゃないよ」
「・・・確かに」

そして友人の宣言通り、夕暮れまで連絡はなかった。
練習が終わった後も全く落ち着けなかった。
怜はどっちかというと、すごくしっかりしている子だからこういうことはきっちりしている質なのだ。
今までに連絡が遅れるとか、返事のし忘れとか、一度もない。

なぜ私は部活を休んでも、県大会に応援へ行かなかったのか後悔するしかなかった。
空は夕暮れに染まっていて、私はそのとき学校にいた。
怜が帰ってきたとき、駅で落ち合おうと思っていたからだ。
急にケータイが振動し始め、私は反射的に画面へと視線を向けた。
そこに記された名前は、怜ではなかった。

「・・・真琴くん?」
「名字さん?怜とはもう会った?」
「まだだけど・・・というか、県大会は?」
「・・・」

しばらく真琴くんは沈黙していた。
その様子から見て、あまりいい結果ではなかったことが分かる。
私は結果なんかどうでもよかった。
予選敗退でも、楽しく泳げたとその一言があればなんでもよかった。
けど、真琴くんはそんな一言も発しない。

「俺から、お願いがあるんだ」

真琴くんの声には少しの気まずさと、なぜかつらく思い雰囲気を感じた。
校庭の端っこに座って野球部の練習風景を眺めていた私の耳に先ほどから響いてきていた野球部のかけ声は、全く耳に入らなくなっていた。
ケータイを握る手に汗がにじんで気持ち悪い、そんなことを頭の片隅で考えながら真琴くんの次の言葉を待った。











震える手で名前さんに連絡をした。
プッ、プッ、プッ、とつながる前の音が僕の耳に響き、名前さんの声を聞きたいと思う反面、つながらなければいいのに、なんて考えてしまう。
この矛盾は完全なる僕の弱さだと自分自身を笑ってしまいそうだった。
そして当然のようにコール音に切り替わり、3コール目で電話がつながった。

『もしもし』

電波でつながる名前さんの声は、肉声でなくてもやっぱり名前さんで、僕は頭の中で何度も繰り返した言葉が一瞬飛んでしまう。
のどの奥で引っかかるように声が一瞬出なかった。
それをきっと、名前さんは気付いただろう。

名前さんは、そういった変化を、誰よりも気付けるような優しい人だから。

『怜?』

名前さんに名前を呼ばれた瞬間、まるで魔法のようにすっと喉が通った。

「連絡遅くなりました。今・・・終わりました」

嘘をついた。
夕暮れが僕の背中から僕を照らす。
目の前には大きな僕の影ができている。
けれども、僕の心は反対に、すごく小さい。

『お疲れさま』
「・・・今、どこにいるんですか?」

名前さんは一瞬の間を置き、答えた。

『学校。怜のこと、待ってた』

その言葉はすんなり僕の心に入ってきて、僕のすべてを持っていかれた。

「今から、学校いきます」
『・・・待ってる』

僕はその場から思わず駆け出し、遠くに見える駅を目指した。














怜が現れたのは電話を切ってから30分もかかってないほどの時間だった。
校舎の影になった裏庭のベンチに腰掛けていた。
もう30分もすればどんどん暗くなるだろう、そんな時間だった。

「怜、おかえり」

怜は息を切らして私の目の前に現れた。
どんな顔をして現れるかと思ったが、息を切らす怜はいつもと変わらぬようにも見える。
だが、怜はいつもとは違った。
「すみません」と、一言ことわった後、ベンチに座る私を身をかがめて抱き寄せた、否、それは抱き縋ったというべきかもしれない。
突然のことに一瞬戸惑ったが、事情を実は知っている私はそんな怜の背中にゆっくりと腕をまわした。




____怜、リレーに出場しなかったんだ。

そう言った真琴くんに私は思わず大きい声で食掛った。

「なんで?!どういうこと?!」
『名字さんごめん、落ち着いて!事情を説明するから』

真琴くんの声は落ち着いていたけど、でもやっぱり落ち込んでいることはよく伝わった。
クラスで見る真琴くんからそんな悲しい声を聞いたことがなかった。

その後、真琴くんはなぜリレーに出場できなかったのか、そしてどうなったのか、分かりやすく説明してくれた。
私はただ、相づちをするだけで、最後まで聞いた。

『・・・ということなんだ。何度も、何度も言う。そして今更だけど、怜にはホントに感謝しているし、申し訳ないと思ってる。怜は何も言わなかったんだ。本当は出たかったんだろうけど、そんなこと一言も言わなかった』

私はそれを聞きながら、何ともいえない気持ちが胸を巡っていた。

確かに真琴くんの言うことは分かる。
ここでちゃんと吹っ切れなければ今後にずっと引きずることも、それが怜にとってもなんらかの障害になるだろうことも。
今ここで、こうやって解決されたことは今後にとってよいことだって私だって分かる。
水泳は個人競技だけど、リレーは完全なる団体競技だ。
私も団体で行う部活をしているから誰か一人の気持ちでも揺らいだら、台無しになってしまうことも重々承知している。

だからって、怜の気持ちを犠牲にすることでそれが成り立つのは、私は理不尽だとしか思えなかった。
その感情は怜の彼女だからというものにすぎないかもしれない。
完全なる第3者から見れば、今回のことが一番よかったと笑顔で言えるかもしれない。
でも、私はそれをはいそうですかって、言えるような大人でもない。

「事情は分かった。で、お願いって?」
『怜は結局俺たちの前で、本音らしい本音を言っていない気がする。だから、名字さん、こんなことを言うのは本当に心苦しいけど、怜のこと、よろしく頼むよ』

そう言う真琴くんは本当に苦しそうだった。
それを聞くと、なんだかさっきまでの心の怒りも少しずつ収まっていくような気がした。
怜が一番つらいだろうけど、他の仲間だってそれを快く、受け取ったわけではないのだ。

「・・・わかった」



________ありがとう









「怜、」
「ごめんなさい、今はこのままで」

そう言って怜は私を離そうとはしなかった。
私は黙って怜を抱きしめ返し、ゆっくり目を閉じた。

怜の性格上、きっと私にだって本音を漏らし、怜の弱い部分を見せようとはしないだろう。
プライドが高くて、美しいものが好きで、まじめで、まっすぐな怜。
だからこそ、頑張りやで、負けず嫌いで、脆いところもあることを、私は知っている。

言葉がなくたって、私は怜を守ってあげられる。


「怜、おつかれさま」

怜の耳元で、そっとささやいた。
その瞬間、怜が私の首筋に埋めていた体を小さくふるわせ、私をさらに掻き抱くようにして強く抱きしめた。
怜はきっと、もっと強くなる。
絶対、誰にも負けないほど強い人間になれる。

気付いたときにはなぜか私の目から涙があふれ、怜の頬を濡らしていた。

「・・・なぜ、名前さんが泣くんですか?」

怜の声は震えていた。

「怜が泣かないからだよ」

そう言った私の声も、震えていた。







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