「あ?別れた? ナマエが?」
「ああ、この前泣きつかれて大変だったんだからな」

そう言ってフレンはじとっとした視線を俺に向ける。
なんで俺がそんな顔をされなければならないんだと睨み返すが、フレンのいいたいことは俺は分かっているのだ。

「ユーリ、早くナマエを捕まえてくれよ」
「・・・なんで俺が」
「自分が一番分かっているだろうに」

そう言ってフレンは目の前のビールを一気に喉に流し込んだ。
フレンの「おかわり、もう一杯」という声に便乗しておれもおかわりの声を上げる。
そのままフレンはちょっと、とひとこと言って席を立った。

狭い店内をすり抜けていくフレンの背中を見ながら同じ色の服を着ているアイツの背中がだぶって見える。
だぶってしまうのは、いつも一緒にフレンの隣にいることが多いからだろう。
そんなフレンに嫉妬を今までしてきたのは俺、そしてそのわりに行動を移さなかったのも俺。
フレンは俺が嫉妬し続けてきた割に手を出さなかった。
きっと俺のことを気付いていたからだろうけど、俺はいつも一緒にいるもんだからひやひやしたもんだ。
それで一安心と思いきや、逆にアイツは違う男にころころと心移りしていった。
自称一目惚れしやすいらしく、よくもまあそこまで惚れられると感心するほどだ。
けど俺はそんなナマエを見つつも、いつかきっとここへ戻ってくるなんて軽い気持ちで下町で俺もぶらぶらしている。

気付けばあの出来事から時も経ち、俺もいい年だ。
アイツも、ナマエも俺と同じ、いい年だ。
いつまでも女なんだから騎士団もそろそろやめて、身を落ち着かせるべき年齢だろう。
しかし、ナマエにそんなこと言ったって聞くわけがない。
妙に高いプライドと、予想できない思考を持ったナマエは長い付き合いである俺も、フレンでさえも予測できない行動を起こす。
俺とフレンは大事な幼なじみであるナマエに、いつも妙に過保護になってしまう。



「おっ!ユーリ!」

高すぎず、低すぎず、それでいて特に癖もない聞きやすくよく通るその声は、たとえこの活気溢れる酒場の中だって絶対に俺の耳につく。
まさかここで来るかと目を疑うタイミングで現れたのは、騎士団の青い服を着たままのナマエだった。
うれしそうに頬を緩ませてすらりと人の間を抜けてくる。
騎士団のくせに驚く細さで体も大きくない、それに力もない。
だけどスピードは俺にも勝る、そんな人間だ。

「ユーリ、こんばんわ」

先ほどまでフレンの座っていた席に迷うことなく座ったナマエは満遍の笑みで、数分前にフレンに聞いたように、失恋した女の顔とは到底思えない。
驚いた俺は一息遅れてそのあいさつに返事を返した。


















「・・・でさ、ちょーかっこいいのがさ、なんかよくわかんないんだけど、えっと、なんていえばいいのかな。目?んん?なんか違うな、目というか、目線?う〜ん・・・難しいんだけどね、とにかくまあ、たまらなくてね・・・」

嘘だろうと俺は今も目の前のナマエの姿を疑っている。
ああ、嘘だ。
コイツ、俺をびっくりさせようと悪い冗談だ。
そう思えば思うほど、いいや、違う、これがナマエなのだとナマエのことを昔から知っていると主張するもう1人の俺が訴えてくる。
ナマエはこういうやつなのだ。
昔から辛いことや悲しいことは吐き出したら吐き出した分、ちゃんと立ち直って、次のことに切り替えることに関しては天才的に上手かった。
もちろん、恋愛も例外ではない。
そう、俺はそんなナマエのことを昔からよく知っているではないか。
何を今更驚いて・・・。

「・・・でね!って、ユーリ、聞いてるの?」
「いや、目の前がぐるぐる・・・」
「えっ!ユーリ酔っちゃった?!まだ私、2杯しか飲んでないよ!」

ふざけんな、お前のことなんてしらねーよ。
しかも酔ってねえし、お前のその思考回路に酔ってんだよ。
なんだよ俺がまるでコイツに振り回されてるみたいなこの状況は。
しかもフレンもこうなってるナマエを分かってここによこして自分だけ逃げやがって、どいつもこいつもほんっとに・・・。

「バカばっかり」
「は?ユーリ?本当に大丈夫?」

思わず頭を抱えてしまった俺についに本当に心配になったのか、優しく俺の方に触れたかと思うと優しく揺する。
さわんなと振りほどきたくなる衝動を抑え、ぐいっと体を起こす。
ふと、目の前のナマエと目が合った。
ナマエの目はお酒のせいか少し充血していて、よく見るとなんだか痩せた気がする。
ちょっと怒鳴ってやろうかと思った気持ちが、そんなナマエの様子に少し怯んだ。

「・・・ユーリ?」

ちょっと顔を傾けて俺の顔を覗き込んでくるナマエは、俺が今何を考えているかなんて全く考えもしないし、予想もできないだろう。

くっそ、そんな顔で覗き込むなよ。


「おおう!うえっ、な、なに?!」

俺はテーブルの上の4杯目になるビールをすべて飲み干すと、そのままナマエの腕をつかんで立ち上がらせる。
机の上にお金を残し、騒がしい店内を出口に向かって歩き出す。
マスターに一言、ごちそうさまと伝えると、昔から俺たちのことをよく知るその日とは俺に向かってウインクをかましやがった。

くっそ、どいつもこいつも、俺を悩ませることばかり。





「ゆ、ユーリ・・・どうしちゃったの?」

戸惑うナマエにかまうことなく、進んでいく。
俺の行動に戸惑いの言葉を何度も問いかけていたのだが、とうとう反応も示さなく何を考えているのか分からないナマエはそれを諦め、おとなしく俺の後ろをついてくるようになった。
しばらく歩いて人気の無い小道を抜け、月明かりが通らない裏道を抜け、建物の裏へとたどり着いた。
それは俺の家の裏で、そこは月明かりがよく差し込む。
どうやら今日は満月のようで、いつもよりやけに明るい。

「・・・ど、どうしたの?」

月明かりに照らされたナマエの顔はついには少し泣き出しそうな表情になっていた。
昔から知っている俺が、まさかこんな行動をするなんて思わなかったのだろう。

「・・・ユーリ?」
「おまえさ、」

自分でもやけに低い声が響いたなと思った。
案の定目の前のナマエは驚きを隠せずに、肩をびくりと揺らす。
完全に自分が俺を怒らせたと思っているようで、さらに顔を引きつらせ、目が潤み始めた。
月明かりではっきりと俺には顔が見えるが、ナマエからしたら逆光で俺の顔が見えないのも、さらに戸惑いを高めているのだろう。

「わざとやってんの?」

俺の言葉にもちろんナマエは何のことを言っているのか分かるわけがない。
俺はもう限界というように、ぷつりと糸が切れてしまった。

「お前さ、俺がお前のそんな話を聞いてどんなこと思ってどんなこと考えているとか考えたことあるのか?」
「・・・あの、ユーリ」
「頭の回転はそれなりに速いし要領もいいくせに、そういうことに関してはめっぽう弱いんだよ」
「・・・ゆ、」
「お前の男話なんて、もう一生聞きたくねえ」

ナマエは目を一瞬見開いたかと思うと、瞳がぐらりと揺れる。

普通の女なら、この言葉でピンと来るだろう。
ああ、もしかしてこの人は私のこと・・・なんて考えを巡らせるのだろう。
だが、この目の前の女はそんな思考回路を持っていない。

「・・・ユーリ、ごめんなさい。ぐちぐちホント私うるさかったよね。ホントごめんね、ぐちは言わないようにするから!」

そう、視点が全く違う。

「・・・わかった」
「うん、ごめん」
「俺が悪かった。ちゃんと、はっきり言うわ」

ナマエをつかんでいた手を離すと、俺はそのままそっとナマエの頬に手を添える。
さっきよりもナマエは大きく肩を揺らした。

「好きな女の男の離しなんて聞いて、うれしいわけねーだろ!気付け、バカ女!」

ちゃんと言わないと、きっとコイツは分からない、今だってちゃんと分かっているのかぽかんとした顔をして俺を見上げている。
ナマエは本当に馬鹿女だ。
なんでこんな女を好きになってしまったんだろうか。
そう思うが、もう何年も前のことにさかのぼらなければならない。


ああ、もうどうでもいい。
とにかく俺は、


「お前のことが、好きだって言ってんだよ!」







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