まさか、まさかこの私が振られるなんて。
だって少し前までしつこいほどの連絡と、べったべたの態度だったのに。
それが急に今週に入ってぷつりと切れて、体調でも悪いのかと何気なく電話したんだ。
そう、「ひっさしぶり〜!」って感じのテンションで、まさか別れ話という名のカウンターが帰ってくるなんて、誰が考えるか。
防御態勢もとってない私はもちろん完全K.O.なわけでヒットポイントゼロで、その場に崩れ落ちそうになりながらもなんとか最後の力を振り絞って鏡に映る自分の顔を覗き込む。
まるで、世界が明日終わるかのような顔だと思いつつ。

いや、だってさ、ここ、ジムだし。
気持ちよく汗かいて、その気持ちいい気持ちのまま電話してすっきりした体で私からわざわざ出向いてやろうと化粧までしていたのに、だ。
電話片手に持っていたマスカラ思わず落としたし、おかげで洗い立てのジーンズにマスカラついたし、マジ最悪。

なんで私があの男に振られなきゃならないんだ。
2人の気持ちを10だとしたらあっちは9で、こっちは1ぐらいの比率だったのに。
いや、それでも多すぎる。
むしろ0.5でもいいぐらいだった、確実に。

相手は学部は違うけど大学が一緒で私に一目惚れをしたらしく、共通の友人を通じてエンカウントしたんだけど、顔はそこそこ男前だったし、ゲームが趣味な私と気が合うっていうのもあって、まあいいやみたいな軽い気持ちだった。
付き合っても相変わらずな関係で、私はそれほど熱も入らなかったし、相手はすごい好きらしくて毎日のような連絡ははっきり言ってちょっとうざかったけど、でもまあ私のことを隙ということが伝わってきたし、別に悪い気もしなかった。

そう、別に悪い気はしなかったんだ。


スポーツジムの更衣室で1人ぽつんとケータイを眺め、ふと気付く。

ああ、私、それなりにあいつのこと好きだったのかもしれない。
今更そんなこと考えても遅いのは分かってるけど、今更気付く私は本当に馬鹿だ。
そう考えていたら目頭が熱くなって、じわっと視野がぼやけていく。
くっそ、あんな男のために流す涙なんて、もったいないと思うのだけど、でもやっぱり思い返せば悪い男でもなかったのだ。

バカなのは、私だ。



ふと、息をついて目の前の鏡をまた覗き込む。

ああ、不細工な、顔。



















「ふっ!」

思わず漏れた声の直後に気持ちいい金属音が鳴り響き、少し遅れて目の前の板にボールがぶつかる音が聞こえた。
なんでこういうときに限って的を射抜けたりするのか。
普段の私なら飛び跳ねて喜ぶだろうけど、今は素直に喜べない。
こんなにバットを振っても気分がはねないなんて、私、思った以上にへこんでるのかな。

「おねーちゃん!あたりだよ!すごいじゃん!ほらほら、景品選びにおいでよ!」

ボールが切れた瞬間に係のおっちゃんが私のボックスに顔を出した。
白髪まじりの髪に目の横にいくつもある顔でにこりと微笑みかけられると、なんだか泣きそうになってきた。

「うう・・・」
「ええ?!な、泣くのか?!そんなにうれしいのかい?」

違う、違うよおっちゃん。
うれしくて泣いてるんじゃないよ。
そんな微笑ましい顔しないで、全然違うから。

「ささ、そんな泣くほど喜ぶなんて相当うれしいんだね。おじさんも見ててうれしくなってきたからジュースもサービスするから」
「うう・・・」

おっちゃんはさらに気を良くして私の両肩をポンポンと優しくたたくと背中を押して商品ケースの前まで連れてきてくれる。
なんだか全然違う意味でそうやって優しく接してくれているんだけど、今の私にはそんな意味合いが違う優しさであっても心に響いてくる。

が、やはり私は結局のところ、そこまで落ち込んでいたわけじゃないのかもしれない。
次の瞬間、私の頭の中にあった失恋という言葉は一気に消え去ってしまった。


「っ!えっ!!おっちゃん!景品ってもしかして、これ?!!!」
「うおっ!そ、そうだけど・・・」
「ぎゃー!まじ?!最新ハードじゃん!ありえない!!」

私はおもわず景品が展示してあるケースに飛びつくと、その中で煌々と光る景品を見て目を輝かせた。
それはまぎれもなく、次のバイト代が入ったら買おうとしていた最新のゲーム機だったのだ。

「やばい!おっちゃんありがとう!」
「・・・ジュースはいらないみたいだな」

そんな私を呆れてみていたのはおっちゃんだけじゃなかった。
じゃり、と背後で足音がしたと思うと、見上げたそこにいたのはよく知った人物、よく見慣れた人物だった。

「・・・お前、相変わらずバカっぽいな・・・」
「あ、」

しゃがみ込んでいる私の背後に立ち、仁王立ちで私を見下ろしているその人物は、高校の頃のクラスメートであり、同じ部活の仲間であった、悪友とまでいえばちょっと大げさだけど、まあそれなりに喧嘩ばっかりしたあの男だった。

「・・・阿部、隆也くんじゃないですか」
「おう、久しぶりだな、名字名前」

私は一瞬、自分がつい1時間も経ってない前に振られたことなど、完全に頭から消え去っていた。
















「で、お前1ヶ月ぶりかと思えば、こんな時間に何してるんだよ」
「・・・」

阿部と並んでバッティングセンター横の駐車場のはしっこに腰を下ろしてなぜかビールを飲んでいる私は、阿部のその一言で、自分の今の状態にハッと気付く。

私はバッティングセンターに来たのは彼氏にいきなり何の前触れもなくいきなりふられちゃってその腹いせというか、ちょっとセンチメンタルになった気持ちを忘れようとしたのが理由だったと気付く。
ああ、忘れていた。
ゲームが当たったことと、阿部隆也との久々の遭遇にさっきまで子鹿ちゃんのような可愛らしいほどに目を潤ませて傷ついていた自分を忘れ去っていた自分、なんて女らしくない。

「・・・彼氏に振られたとか?」
「ッブーーーー!」

焦った気持ちを飲み込もうとビールを口に含んだ瞬間にピンポイントで当ててきた阿部の言葉に、思わず口の中のものを吹き出した。
なんなのよ、こいつ、妙に昔から勘がいい時があるんだよね。
そう、高校の時だってサッカー部の矢田くんと別れた時も真っ先に気付いたのは阿部だったし、陸上部の北川先輩と別れたときについてきたのも阿部だった。
だから、阿部は苦手なんだ。
私がいつも落ち込んでるときにふと現れてはそう言うのを全部ほっといてくれればいいのに何もかも暴露させてくんだから。
なんなんだよ、エスパーか!

「・・・阿部ってさ、いつも私の弱みを心臓の中覗き込むみたいに見破ってくよね」
「お前、分かりやすいんだからしょーがねえ」
「悪魔」
「うっせ」

阿部はぐいっとビールを喉に流し込むと、からになった缶をくしゃりとつぶす。

「お前、よく振られるよな」
「うっさい」
「高校の頃もよく振られてたもんな」
「余計なお世話」
「ゲームのしすぎじゃねーの?色気が足りねー」
「いいじゃん、べつに」
「でいて、鈍感だしな」
「・・・」
「・・・」

ああ、なんだか訳が分かんない。
なんで私、振られたうえに阿部にこんなにも胸に痛いようなことばかりいわれてんの。
本当に今日は厄日だ。
大して気持ちも入っていなかった男に振られるわ、阿部に遭遇したかと思うとこんなに傷ついた私に何で今更そんなこと・・・。

「・・・ま、とりあえず泣けばいいんじゃねーの」
「っ・・・」

ぽろりと溢れ出た涙は両手で握りしめた缶ビールのプルタブの上にぽつりと落ちる。
阿部になんか、涙を見せるもんか。
そう思えば思うほど涙がぽろぽろと溢れ出てきて、涙が缶ビールのかなに入って変な化学反応とか起こったら怖いと思った私は缶ビールを少しずらした。
すると気を使ったように阿部がビールをあたしからそっと奪い取って、そのまま空いた私の手は阿部の大きな手のひらに包み込まれてしまった。
さっきまでキンキンに冷えたビールを握りしめていた手は冷たくなってしまっていて、阿部の暖かい手のひらのぬくもりが心臓まで届いてくるようで、ついに私は肩を揺らして泣き出してしまう。

くそっ、阿部が見てんのに、阿部が近くで私の隣でいるのにこんなところ、見られたくない。

「色気はねーけど、お前の魅力も知ってるからさ、俺は」

何よ魅力って、私の何を知ってんのよ。
どーせコーラの一気飲みができるところとか24時間ぶっ続けでゲームできるとか男友達だけ無駄に多いとかそんなことだろうに。
全然、そんなこと言われたってうれしくないんだから。


阿部の手とふれあうのは初めてだった。
阿部の手はきっと大きいと思っていた。
いつも三橋くんの球を受けていた阿部の手は、きっと大きいだろうと思っていた。

今私の手が包まれている阿部の手はやっぱり大きくて、そして暖かかった。

「・・・落ち着いた?」
「ずずっ・・・」
「うわっ!お前鼻水垂れてるじゃん」
「うるせっ」
「こんな悲惨な顔して帰れねーだろ、俺車だから乗せてくわ」
「ひ、さんとか、ひどい・・・」
「何を今更」




結局阿部は車に乗った後も私の手をぎゅっと握ったままだった。
そう言えば何度も失恋したけれど、その度にいつも阿部に泣き顔を見られていたような気がする。
というか、阿部のとなりじゃなければ涙は流していない。
阿部の隣で泣いた後はいつも、すっきりしていた気がする。

「もう、こうやって泣くのは最後にしろよな」
「・・・そうしたいよ」

車の中は高校の頃から阿部がよく聞いていたロックバンドの最新曲が耳につかない程度の大きさで流れていて、なんだか車の中は阿部の空気で一杯で、まるで阿部に包まれているような気分になる。
それがひどく、落ち着く。

「もう、泣くのは嫌だな」

ふとこぼれた一言は、そのまま車の中に溶け込んでいった。



「ま、ここにいればもう泣かねえよ」

その言葉の意味は鈍感な私にはすぐさまには理解できないのは当然の流れで、私はただただ、阿部の手のぬくもりに少しずつ心が温まっていくのを感じていた。







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