俺にキスしろ | ナノ
8


いつの間に閉じていたのか、薄く開いた瞼は重く、頭の中がもやもやする。
ぼんやりとした視界に映るのは、オレンジ色の柔らかい照明の光。

ここはどこだ?もぞもぞと身を捩って、背中に柔らかいものを感じる。さっきいたソファとはまた違う…

さっき?

「っ!!」

慌てて飛び起きたが、周りを見渡しても本間君は見当たらない。さっきまで、あの教室のソファで、本間君が俺に、覆いかぶさっていたはずだ。
ここはどこだ?なんで俺はベッドにいる?それに…

「ああ、目が覚めたんだね、蓮」

重そうな、木製ではないだろうドアを開けて見知らぬ部屋に入ってきたのはなぜか、

「え、ぁっ、ふ、古谷、くん…?」

今日会う予定だった、古谷君だった。
混乱している俺から目を離さず、後手でドアを閉めた古谷君は、長い足をゆったりと動かして此方に近づいて来る。
その表情は、怒っているようにも見えるし、何故だか、恍惚、とも取れるそれだった。
思わず、ゾクリと背筋が震えた。快感なんかじゃない。これは、どちらかというと、恐怖。

いつの間に脱がされたのか、何も纏っていない肌が粟立つ。

「ね、ねぇ、古谷君、ここ、どこ?」
「俺の家だよ」
「今日、居酒屋、行くって…」
「酒なら後で持ってきてやるよ」
「いや、いや、大丈夫、それより、ねぇ」

この手錠は、なに?

俺の言葉に、古谷君がうっそりと笑ってみせた。
肩を揺らした俺に近付くと、ベッドに片膝をついてスタイル抜群な身体を折り曲げて、ベッドヘッドから伸びる鎖に繋がれている手錠ごと俺の手を持ち上げると、そこにそっと口付けを落とした。

「あと一ヶ月だったんだ」

俺の質問には答えない古谷君が、手錠とベッドヘッドを繋ぐ鎖を指で弄りながらそう切り出した。
なんのことか分からない俺は、ただ身体を小さくして彼から目を離せずにいた。

「ほら、スープは長いこと煮込んだら美味しくなるだろ。計画もそう。焦らず、慎重に動けば成功するんだ」
「な、んのこと…?」

クスリ、おかしそうな笑い声。

「ああ、驚かないで、蓮」

抱かれる時しか呼ばれない名前。

「あと一ヶ月もすれば、蓮、君はここに閉じ込められていたよ、その手錠をつけて」
「なっ」

一ヶ月ってなんだ。俺が閉じ込めるだって?全くもって意味が分からない。
目を見開く俺に、古谷君は綺麗な顔をただ愛おしそうに微笑ませた。

「最初、すごく俺のこと見てる子だなって、思ったんだ。しかも、一回だけじゃない。同じ講義の度に、毎回、見てくる。その視線が、どんどん熱っぽくなっていってるのはわかった」

顔を赤くせずにはいられない。どう考えても俺のことだ。バレていたなんて、羞恥で死にそうだ。

「そんな風に気がつくってことは、俺も大分気になってたんだろうな。気付いたら、蓮を意識してたよ。可愛いな、あの子って。だから、遊ばないかって声をかけてみた。で、何度か飲みに行くうちに、思ったんだ。蓮が欲しいって。抱いてみて、もっとそう思ったよ。変わらず講義中に向けられる視線が堪らなかった。だけど、ふと感じた。まだ足りないって。恋人になったとしても、どうだろうって。俺を見つめていた視線がふと教授に戻されると、酷く苛立った。毎週蓮の家に遊びにいってるアイツ、殺してやろうかと思った。だけど蓮は優しいから、それだと悲しむだろ?だから、思いついたんだよ、蓮をこの部屋に、閉じ込めようって」

寒さからじゃない震えが身体を包む。カチカチと歯がぶつかって音を鳴らす。恐怖の原因であるはずの古谷君が、そんな俺を慰めるような手つきで背中を撫でてくる。

「ただ、その予定が一ヶ月早まっただけ」

本間のせいで。いや、お陰かな?

そう首を傾げる古谷君に、俺は酷く弱々しい声で尋ねた。

「ほ、本間君は?」
「ああ、蓮にキスするなんて、流石に腹が立ったから蹴って気絶させといた。蓮には、申し訳ないけど薬で少し眠って貰った。連れてくる時に暴れられたら困るしね」
「気絶…ていうか、古谷君は、どうして、あそこに」
「GPS機能をつけてた」

どちらのスマホに、とは聞けない。

変わってる、なんて可愛いもんじゃない。おかしい。どこもかしこも、おかしなことだらけだ。
本間君を蹴ったこと、GPS機能のこと、俺に手錠をはめていること。その綺麗な面には、罪悪感なんて少しも乗ってない。ただ嬉しそうに俺の髪を撫で付けるだけ。大好きなはずの微笑みが、不気味に見える。

それに、おかしいんだ。
俺が欲しいと本気で思ってるのなら、どうして。

「どうして、他の子を抱くんだ…どうして」

キス、してくれなかったんだ。





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