春の箱庭/藍子ギン







ケキョ、と歌うような鶯の声が聞こえた。春も盛りなのだと実感させられる。三方を池に囲まれた四阿に敷かれた薄紅の茵に華が降り、麗らかな日差しが眠気を誘う。藍染は己の方腕を枕代わりに、穏やかに眠るギンを見下ろした。未だに起きる気色が無い。そよ、と春風が吹いて木蓮の甘い香りが藍染の鼻孔を擽る。ギンの白磁の面に雪の様な髪がかかる。藍染は長い指でそれを払った。好い加減、腕が痛い。ギンは何時に為ったら起きてくれるだろうか。寝ている時だけは歳相応の顔を見せるギンに愛おしさを覚えて、髪を掻き分け額にそっと唇を付けた。喉が小さく上下して、小さく呻く声が耳に届く。藍染は薄く微笑んで、台の上の耳杯へ手を伸ばした。酒の匂いが華のそれを消して仕舞うのお惜しく思いながらも、少し口に含み飲み下した。


太陽は中天より少し傾いて、池にかかった桜の花片が明るく透ける。池面では花筏が流れにそうようにして形作られていた。何処もかしこも薄紅だらけだと、藍染は思う。こんな時間が長く続けばなにもかも失って、呆けて仕舞う。耳杯を力に任せて池へと放り投げた。ばちゃんと水が王冠を作り、耳杯は直ぐに沈んで見えなくなった。花筏もそれに巻き込まればらばらに飛散する。水面を揺らす波は、ゆっくりと遠くへ遠くへ広がり果てではもう見えなくなった。藍染は釈然としない儘にそれらを見ていた。そういえば、今己の投げた耳杯はギンのお気に入りだったかと思考が巡り嘆息する。別にまた作らせれば良いだけの話だとも思うが、ギンはあれでいて趣等を後生大事にしている。機嫌でも損ねればことだ。

藍染は二度溜息をついた。後で誰かにでも拾わせるしかないのか、いやしかし三席に出す物であるというのに池の底からの拾い物では些かばかりまずい気がする。己は気にしないが、他の奴らが気にするだろう。もぞり、と腕の中でギンが身じろぎをし、少し呻いて瞼を開けた。二、三度瞬きを繰り返す。起こして仕舞っただろうか。藍染は微笑んで、ギンの上に覆いかぶさるようにして唇に自らのそれを重ねた。軽い音を立てて唇が離れる。それだけでは満足しなかったのか、ギンは肩肘をついて上体を起こして藍染に口付けをした。これもまた、触れるだけの優しい接吻。藍染の躯がふわりと動いてギンを押し倒し、茵の上に繍めた。



(うたかたに溺れる)






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