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怯えた様子のスタッフが火神の部屋をノックしたのは、エドワードの部屋を後にしてから優に30分以上立った後のことだった。随分と遅かったな、とも思うが仕方がないことだろうとも思う。恐らく責任者である船長や発見者である日向やら上から下への大騒ぎをしたのだろう。誰だってこんな優雅な船旅で殺人が起こるなんて思ってもみない。スタッフの言葉によれば、トラブルが発生したので安全の為レストランに集まってほしい、とのことだった。どうやら殺人の事は伏せておく事にしたのだろう、賢い選択だ。このエリアの乗客の誰もが今更一人二人の殺害で怯えたり動揺したりするタマではないことを、船員の側は知らないのだから、パニックを起こさない為にそれが一番懸命な措置だ。もうすこし理由を訪ねたりごねたりするて予想していたのか、 以外にあっさりとスタッフの言を承知した火神に一瞬面食らってはいたが、直ぐにとりつくれい火神を案内した。部屋から出る際にちらり、とエドワードの部屋の方をみたがドアは閉められていてなかをうかがう事はできなかった。



円卓の奸賊。そんな言葉がふと頭に浮かんだ。スタッフに連れられて向かった先のレストランには初日に使用していた円卓が何故か中央に置かれていた。火神が席についたことで、空席が二つになる。それは埋めようもない欠如だった。エドワードはもう死んだし、ディアナも此処にはもう戻ってこられないだろう。

「さて、どう言う事か説明してくれるかな?」

悠然と足を組んだ赤司が、テーブルに肘をついて、日向に説明をねだった。その態度から円卓であるというのに、赤司の席こそが一番偉いような気がしてしまう。事実、今この場の支配者は赤司だった。

「はい」

日向は先ず、自らの身分を明かしてから説明にはいった。何故ICPOが此処にいるかという事は巧妙に別の事件の捜査だと誤魔化し、エドワードについて説明する。

「皆様に集まって貰ったのは、安全の為です。つい先程エドワード様が、御自身のお部屋で殺されているのが見つかりました。そして、その犯人と見なされてる妻のディアナが逃亡中です」

殺された、と云う発言に驚きを顕にしたものはいたが、取り乱すような無様をさらしたものはいなかった。やはり彼らは普通ではない。

「わかってるんなら早く捕まえてよー。まさか、見つかるまで此処にいろ、とは言わないよねー」

バリバリとスナックを貪りつつ、紫原が真っ先に文句をいう。日向はそれに一瞬だけ鋭い視線を向けたが、直ぐに謝罪を口にした。

「すみません。今ほかの船員がこのフロアを捜索中でして…一通り終わりましたら部屋に戻って頂いても構いません」
「ふーん、なら急いでよ」

何れ部屋に戻れる事がわかったからなのか、直ぐに興味を無くしたように紫原は日向から視線を外した。火神は紫原達が何か、関与しているのではないかと疑っていた。青峰によると、陽泉と取引しようとしていた相手であるエドワードが、何者かに殺された。そして唯一怪しいその妻は行方不明。偶然、と片付けるには些か難が有りすぎだ。恐らくは日向も同じ考えの筈。だから、今、このフロアの乗客を全て此処に集めている。彼等の部屋を、探す為に。


結果をいえば、ディアナはどこにも見当たらなかった。凶器とおぼしきナイフさえも、だ。

「幾ら探しても見付かるわけねーよ、女も凶器もな」

今朝と同じ様に青峰は火神の部屋のソファに尊大に座っていて、その背後には相変わらず影の様に今吉が控えていた。あの後何もなかったと口惜しそうに日向が告げて各人は自分の部屋に戻ることを許された。しかし青峰は素直に部屋に戻れば良いものをするり、と火神の部屋に入り込んだのだ。

「何で言い切れるんだよ」

取引相手と目されていたエドワードが殺されてしまえば任務は失敗だ。それ以前にエドワードが取引相手で無かったとしても、この状況では下手な動きはすまい。どのみち、今回は失敗に終わったのだ。苛々する気持ちを抑えたくて、一瞬ワインを開けようかと考えたが、捜索は失敗してもまだこの先に何があるとも知れない状況で酒が入っているのはまずいだろうと、ミネラルウォーターを開けるに留めた。

「だってこの状況だぜ?単にエドワードとディアナだけの痴話喧嘩とは考えらんねーだろ。殺したのは恐らく、紫原だろうな。まあ、何にせよ紫原達が噛んでんなら、証拠が出ることもねーだろうよ」
「もし、あいつらじゃないとしたら?」

火神は殺害現場を思い出す。あの手口は完全に素人のものだった。プロではまず、あり得ない。青峰はそれを見ていないから紫原が直接に手を下したのだと判断したのだろうが、火神は違うと思った。勿論紫原達が関与しているだろうとは思っていたが。青峰がはん、と笑う。

「まあ、良いじゃねえか。取引相手の逮捕は出来なくても取引自体は阻止出来たんだから、さ」

青峰が組んでいた足を入れ換える。スリットから程よく鍛えられた褐色の肌が際どい位置までのぞいた。そして彼女はその声色にいつになく真剣なものをのせる。

「この件は、終いだ」

きっぱりと切り捨てる様に青峰は告げると、直ぐに立ち上がった。そうしてその侭振り替える事なく青峰は部屋を出ていった。それ以降、火神は青峰と会話をする事はなかった。



それから、船旅が終わるまでディアナが見つかることもなく、事件になんの進展も無いままだった。念のため、と紫原と氷室に張り付けていた捜査員も彼等に何ら怪しい動きは無かったと報告をあげた。つまり、青峰が最後に火神に言った通り「終い」であったのだろう。釈然としないものを抱えてはいたが、この事件にだけ関わっている訳にもいかない。切り替えろ、と火神の頭をなで回した日向に火神は、応、と返した。



この船旅で出会った彼等とまた数奇な物語を繰り広げる事になるのだが、それはまだ火神も彼等さえもまだ知らない事だった。





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