▼赤く染まる陽だまりに




いつもと違う道で帰ってみよう。
ふとそう、何の気なしに思いついた。
ちょっと静かな所で1人になりたかった気分だったし。
別に、いつもの帰路の少し先でこの間まで恋心を抱いてたアイツの隣に可愛い女の子がいるのを見たからじゃない。
思いついたから。それだけ。



---



ひたすら人気のない道を選び続けて、気付いたら全く知らない河べりにいた。
河原とかない、背の高い草薮を数メートル抜ければすぐ河だ。
自分の胸くらいの高さの草たちを前にして、息苦しさに胸が詰まりそう。
あの後ろ姿を見てから、どんどん泥沼に沈んでくみたいに気持ちが冷たくなっていく。
なのに心臓はバクバクうるさくて、私、そんなにアイツのこと好きだったんだって今更隣に立てない自分が悔しくてたまらなくなった。

明日だって学校で会うだろう。
もしかしたら家の近くで会うかもしれない。
今までは嬉しかったその時間が、崩れていく。
見てしまったからには…知ってしまったからには、今までみたいに接するなんて絶対無理だ。


--明日から…どんな顔すれば……


無意識に足は草薮に踏み込む。
数歩進めばすぐにローファーを水が浸していって、私の胸の内みたいに冷えていく。
まるで誰かに誘われるみたいに足は止まらない。
足に水が触れて水音がザブザブ波を立てる度に"何も考えなくていいんだ"って誰かに言ってもらってるみたいで、安心する。


--そうだ。こんな気持ちで、いるくらいなら…。


「みょうじさん!!」


スカートの端まで濡れ始めた頃、誰かの怒鳴り声と一緒に私を呼ぶ声が聞こえた。
直後肩を後ろから掴まれて我に返る。

--私…。


「え…」


私の足に、何か、ある。
草の隙間、川の流れで見にくいけど 絶対。
これ……て……

急に肩に力が入った。
この肩の手、は。


「危ないよ、みょうじさん。早く上がろう。水浴びするような時期じゃない」
「…は、…花沢、くん?」


振り返れば同じクラスの花沢君がいた。
何でこんなとこに。
ズボン、濡れちゃってる、し…
いまさっきの…私の足を、掴んでたのは…

恐る恐る自分の足を見たけど、そこには何も無かった。
…なんだ、見間違い…だったんだ。


「………」


花沢君に肩を掴まれたまま河から上がっていく。
混乱したままの私の肩に、花沢君が少し力を込めてきた。


--…モウスコシダッタノニ


バッと振り返る。
でも振り返ってもそこにはやたらキラキラと夕陽を反射する河と、風に草薮が揺れてるだけだった。
夕陽って、こんなに眩しかったっけ。


「ビックリしたよ、まさか入るとは思ってなかった」


河から上がって、来た道を戻る隣で花沢君が笑う。
でも声音に反してその目はふざけてなくて、心配してるみたいな風に私の様子を窺ってた。


「わ…私も、入るとは思ってなかったなぁ〜、ハハ…」


ただ1人になりたかっただけなのに。
静かな所で少し気分転換するだけのつもりだったのに。
何で河になんか。

一瞬聞こえた声を思い出してまた自分の足を見た。
びしょ濡れの靴下とローファーがあるだけだ。
やっぱりなんにもない。


「…何か悩み事かい?」
「………」
「無理に、とは言わないけど。でも一人で思い詰めるよりはいいんじゃないかな」
「…う……」


花沢君もずぶ濡れだっていうのに、そんなの些細な事みたいに話し掛けてくれるから。
つい泣くつもりはなかったのに涙が出てきた。
顔を見られたくなくて、真下を向きながら歩くと「ぶつかるよ」って言いながら手を引かれる。
繋がれた手から私が震えているのに、花沢君が気づいてしまった。


「…やっぱり、もう少しあったかくならなきゃね」
「……ぁ、りがとう…、でもね、違うの…これは…」


怖かった。
花沢君が来てくれてなかったらどうなっていたか、今更理解して。
声は聞き間違いだったかもしれない。
でも確かに掴まれた感触があったことは忘れられなくて、震えているのは寒いからじゃないんだと言えば「もう大丈夫だ」って優しく言ってくれた。



---



一向に私が泣き止まないから、花沢君は「場所を変えよう」と提案してきた。
連れられた先は近かったからという理由で花沢君のおうち。
事情があって一人暮らしをしているんだという彼のお言葉に甘えて、濡れた制服を一緒に乾かして貰って私は学校のジャージを借りている。


「…何から何まで、本当にありがとう」
「乗りかかった船だしね。気にすることないよ」


貰った紅茶に口をつければ、お腹があったまってようやく落ち着いてきた。
擦らない方が良いよとアドバイスされて流しっぱなしにされた涙はすっかり引いた。
それを見て「聞いてもいいかな」と向かいの席から花沢君が声を掛ける。
体は横を向けてて、「これも無理にとは言わないけど」と私が断りやすいように前置きしてくれる。


「あんな人通りの少ない所、通学路じゃないだろう?何の事情があって通ったんだい?」
「……そんな、事情っていうようなものじゃないんだけど…」


花沢君は助けてくれた。
それに多分、茶化したりもしなさそう。
「一人で思い詰めるより良い」。
その通りかもしれない、と思って私は話した。

失恋したこと。
幼馴染の腐れ縁だった。
ずっと隣にいるのは私だと思ってた。
何の疑問を抱きもしてなかった…目の当たりにするまで。
進級してクラスが別になっても、当たり前に帰れてた。
それが段々何かと理由をつけて断られるようになって、とうとう今日本当の理由を知ってしまった。


「一番アイツのこと知ってるのは私って思ってたけど…もうそうじゃなかった」
「……」


花沢君は長々と語る私の話を黙って聞いてくれる。
時々チラリとだけ先を促すように視線を向けるから、気が付いたら思ってることを全部話してしまった。


「…でももう子離れっていうんじゃないけど、新しいクラスにも慣れてかなきゃなって、いい切っ掛けだったと思うことにするよ!」


不思議と涙は出てこなかった。
もしかしたらさっきの怖かった時ので全部流しつくしちゃったのかも。
私がぎこちないなりに笑顔で話せば、花沢君はそこで横に傾けていた体を私の方に向けた。


「それじゃあ、みょうじさんの話のお礼に」
「え?……えっ!?」
「僕も話すよ」


話している間に空になった私のカップに、紅茶が注ぎ足される。
花沢君の両手は机の上だし、私たち以外に誰もいない。
目の前の光景に目を丸くしながらカップの中で揺れる紅茶を見る。


「おかわり…ありがとう…?」


どういうことなのかと注ぎ終わって机に着地したポットとカップを交互に見ていると花沢君が笑った。


「どういたしまして。…御覧の通り、僕超能力者なんだ」
「へえ、すごいんだ…ね!?」
「怖がらせると思って迷ったんだけど。あの時みょうじさんには悪霊が取り憑いてたんだ」
「悪霊……」


ゾクリと背筋が震える。
それじゃあやっぱりあの時の…手、は。


「超能力ってね、除霊もできるんだ。だから、本当にもう大丈夫だよ」
「…花沢君が助けてくれたんだね。本当にありがとう」


深々と頭を下げると、「友達を助けるのなんて当たり前だよ」と言われた。
驚いて顔を上げる。


「友達…?いいの?」
「お互い秘密を話したんだから、もう友達だろ?…って、迷惑だったかな」
「ううん!」


一瞬不安そうな顔を見せた花沢君に、力強く首を横に振った。
もう半年だっていうのに、今のクラスにこれといった友達がいなかったから思わぬ言葉に動揺しただけだと説明すると「それは良かった」とまた笑顔。


「じゃあ、これからよろしく。おなまえ」
「!」
「友達、だからさ。僕のことはテルでいいよ」
「こちら、こそ。よろしく…テ…テル、君…」


嬉しそうに細められた目を見て、眩しい笑顔ってこういうことかなと考えた。
さっきポットを浮かせていた黄色い光を思い出して、やけに眩しかった夕陽の光って花沢…テル君だったんだと気が付くとまたポロリと涙が零れた。


「あれ、どうかしたかい?」
「…ううん。テル君って、お日様みたいだなって思ったらなんか…ハハハ」
「…おなまえって、結構泣き虫なんだね」


そういうテル君の顔を見て、明日を憂鬱に思っていたことなんかもう遠くに吹き飛んでしまったみたいだ。






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