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シャワーを浴びてリビングに戻ると、髪が濡れたままの彼方がぼんやりとテレビを眺めていた。音を立てないように後ろから近づいて、背もたれ越しに肩を掴む。
「わっ」とタイミングよく声を上げれば彼方はびくりと体を跳ね上がらせて勢いよく振り返った。



「びっ、くりしたぁ! もー、遥」
「あははっ、ごめんごめん。髪ちゃんと乾かさなきゃ風邪引くぞー」

わざと怒った顔をしてみせる彼方の頭にタオルを乗せ、軽く拭いてやる。
気持ち良さそうに目を細める様子が猫みたいだ。可愛い。


「遥乾かしてー」
「任せろ」


すでにドライヤーは持参済みだ。彼方は昔から指摘されないと髪を乾かさない子だから。
仕方ないなあと思うけれど、変わってないことを嬉しいとも感じてしまう。


俺がコンセントにドライヤーを繋いでソファーに座ると、彼方は嬉しそうに微笑んでカーペットの上に降りた。俺の足の間に座る体勢だ。これが一番乾かしやすい。
ドライヤーを使う前にブラシで髪を整えてやる。濡れた髪は色が濃くなって黒っぽく見える。

触り心地はしっとりと滑らかでいつまでも触っていたくなる。


「熱かったら言ってなー」
「はーい」

くしゃりと髪をかき混ぜてからドライヤーのスイッチを入れる。柔らかな髪が傷まないようになるべく離して、丁寧に乾かしていく。
懐かしくて、けれど一つも忘れてはいない手順。大切な幼馴染みと、彼と過ごせる日々がまた戻ってきたことが本当に嬉しい。


頑張ってよかった。なんだかじんわりと涙まで滲んできてしまって、髪を乾かす任務を終えた俺はソファーから滑り降りて「ありがとう」とこちらを振り返った彼方の首に腕を回した。
そのままでは遠いので彼方の足を跨ぐようにして。


「遥? どうしたの?」
「んーん……、なんか―頑張ってよかったなって思った」


水気を含んだ声で彼方は俺が涙ぐんでしまったことに気がついたと思う。優しく抱き込まれて隙間なく体が密着する。


「うん。頑張ってくれてありがとう遥。何回いっても足りないくらい嬉しい」
「俺も」
「―遥、いい匂いするー」
「ふは、風呂入ったからな。彼方もおんなじ匂いだよ」


まだぬくまっている髪に頬を擦り寄せる。ふわりとシャンプーの匂いがした。彼方が首筋に鼻を埋める。くすぐったくて身を捩ると顔をあげた彼方がふふっと笑う。
俺は基本的にくすぐったがりなのだ。それを知っていてわざとこういうことをする彼方。悪戯っ子のような表情が愛らしすぎて怒る気には全くなれない。


「……彼方と同じクラスだといいな」
「本当それ。でも違ってても毎時間会いに行くからね!」
「俺も行く。から、交互にしようぜ」
「うん。昼休みも一緒に食べよう」
「うん、楽しみ。そういえば彼方はいつもご飯どうしてんの? 毎回食堂?」


ふと思い付いて尋ねる。彼方は、うーんと声をあげながら体を浮かせてソファーに座った。俺を抱いたままだ。

きゃー力持ちかっこいーい。


「朝と昼は大体食堂だけど、混んでるしうるさいからあんまり好きじゃないんだよね。夜は適当に作ったりしてる」
「えっ彼方料理すんのすげえ!」
「基本、切る焼く炒めるだけどね」

「えーじゃあ俺、煮物覚えようかなあ」
「まじで? 俺が材料切るから肉じゃが作ってよ」
「チャレンジするのはオッケーだけどなんで肉じゃが? 好きだっけ?」
「家庭料理ナンバーワンって感じじゃね?」
「なるほど!」


俺たちはうんうんと頷き合った。大型レシピサイトを見て美味しい肉じゃがをマスターしようと思う。







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