My heart in your hand. | ナノ


▼ 35

午後になると、気温が更に上がったようだった。風はほとんど吹いておらず、熱された空気がわだかまったグラウンドはかなり暑い。
体育服の胸元をぱたぱたと煽る。フェンスのそばで、木陰になったここは幾分涼しいが、それでも汗はひかない。

サッカーは準々決勝で三年生のクラスに負けてしまった。委員長の嘆きぶりが少し笑ってしまうくらい激しかった。バスケは優勝できるといいと思う。
こちらは準決勝進出を決めたので、そのまま勝ち進めば残すところあと二試合である。

サッカーもバスケも、意外に積極的に俺のところにもボールが回ってくるので、サボったりはしていない。しっかり動けば仕方がないことだが、体が砂埃と汗でベタついているのが嫌だ。早くシャワーを浴びたい。
少しの休憩を終えて立ち上がる。また周辺を軽く見回るようにと原さんから頼まれているのだ。

さっき観戦の仕方か何かで軽い小競り合いがあったという連絡が回ってきていた。陰で他にも揉め事が起こったりしないように注意しておかなければならないらしい。
スマホを取り出して原さんからのメッセージで見回り場所を確認する。体育倉庫付近だ。ここから近いのは、配慮の結果だろうか。
しまおうとしたとき、手の中でスマホが振動して新たにメッセージが表示された。タップしてまたトーク画面を開き、俺はそのまま首を捻った。

「“合意でも容赦は無用、おしなべて行事参加を促すべし”……」
おどけた様子の、やや古風な言い回し。わからなかったのは言葉ではなく内容だ。合意でも容赦するなとは。

……まあ、とりあえずサボっていたりする人がいたらちゃんと参加しろと声をかければいいのだろう。
そう解釈して“了解”と返事を打った俺は、今度こそスマホをポケットに滑り込ませた。


▽▽▽

背中には体育倉庫の冷たいコンクリート壁の感触。すぐ横にある引き戸式の頑丈そうな扉は、しかし防音性までは兼ね備えてはいないらしい。先程からそこからは密やかな声が漏れ聞こえている。
そういう意味かよ、と俺は思わず天を仰いだ。空は素晴らしく青かった。

数分前、中で物音がしたので何気なく近付いて、声を聞いた。一瞬は怪訝に思ったが、それが恐らくは情事中のそれだということに気が付いた俺は、驚き固まってから、強姦の類いかと非常に嫌々ながら耳を澄ませたのだ。
結果、それは単なる―いや、単なると言える行為でもないが―合意の上の睦み合いに他ならないらしかった。

そこで原さんからのメッセージが意味するところはこういうことだったのだということに思い至った。
まるで予想されていたようにそんな場面に遭遇したことにも、この行為を止めさせて行事に戻らせなくてはいけないことにもげんなりしてしまう。
他人がセックスしている所を見たい訳がない。興奮するどころか萎える。

だがそんなことにも構わず行動しなくてはならない、のだろう。
……風紀委員、すごいな。本当に気苦労の多い委員会だ。キヨ先輩が疲れるのも無理はない。

そこまでつらつら考えて、一際高く響いた嬌声に深くため息をつく。
あんあんうるさいのってリアルなんだなとか、男でも大して変わんねえんだな、とか我ながらなかなか最低な感想を抱きつつ、扉に手をかけた。



prev / next
しおりを挟む [ page top ]

83/210