My heart in your hand. | ナノ


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バスケもサッカーも二回戦まで勝ち進み、時刻は昼を回った。俺は岸田と共に食堂に来ていた。

ちなみに岸田は結局、クラス委員長の懇願によって卓球を選ぶことは叶わず、俺と同じバスケに参加している。表情こそ納得がいかないとばかりに不満げだが、彼は機敏に動いて勝利に貢献していた。
注文した料理を前に手を合わせる。それを見た岸田も同じように合掌したのでなんとなく微笑ましさを感じた。今日の昼食は鯖の味噌煮だ。
「江角、中学バスケ部だったのか?」
「え、何部でもなかったけど」
「まじで」
真顔でそう返され、俺は何が言いたいのだと首を傾げてみせる。
「普通に上手いし、シュート全部決まってるし経験者かと思った」
「全部って言っても、俺がシュート打ったの四回くらいだし。まぐれだろ」

上手い下手に関してはよく分からない。同年代ならある程度は皆同じくらい出来るのではないだろうか。というか、そんなことを言うなら岸田の方がよほど上手いし、活躍していたと思う。
バスケ部とのコンビネーションとか、速効とか。俺は無理。それを言うと彼は「中学のとき、バスケしてた」と答えた。
「へえ。あれ、でも動くの好きじゃないって言ってなかったか」
「すげえ好きな先輩がいて、その人に誘われたから。やってみたら楽しかったし」
「ふうん」
感心して目を瞬く。好きなことの反対をやろうと思うほど、岸田にとってその人は影響力のある人だったのだろう。好きな先輩というニュアンスが憧れや尊敬のそれだったから分からない感情でもないし、俺はそんなふうに解釈をして頷いた。


水を飲んで、グラスをテーブルに戻したところでぽんと肩に手を置かれた。
「ハル」
同時に聞こえた声とその呼び方で相手が誰かは簡単に予測できた。振り返って、笑いかける。

「こんにちは、キヨ先輩」
「こんにちは。岸田もお疲れ」
「……っす、お疲れ様です委員長」
ゆるりと瞳を三日月形に細めたキヨ先輩に会釈をする。岸田は口に含んだものを慌てて飲み下してから遅れて挨拶を返した。
見上げた顔に違和感を抱いた俺の視線は、その間も先輩に固定されていた。じっと見つめる俺に気が付くと、彼はガラス越しでも綺麗な瞳を瞬かせる。

そう、ガラス越しなのだ。違和感はそのせいだった。

「どうした? そんなじっと見て」
「―眼鏡かけてるの、初めて見ました」
ああ、と今気がついたとでもいうように顔に手をやるキヨ先輩。黒縁の眼鏡で少し雰囲気が変わっている。

「日射しが眩しくてさ。ないよりましかなと思って、持ってきたけどあんま意味ないな。本当はサングラスにしたいくらいなんだけど、流石に変だろ」
「ああ……キヨ先輩、目の色薄いですしね」
ごく平凡な虹彩を持つ俺より、瞳が光に弱いのだろう。納得してそう返した俺に先輩は苦い顔でそうそうと頷いた。
眼鏡は度が入っていて、普段は授業中だけかけるそうだ。見たことがなかったから視力はいいのだと思っていた。意外だ。

「ここ、空いてるなら俺も座っていい?」
俺たちは揃ってどうぞと応えた。隣に座った彼に、近くのテーブルからいつもに違わず控えめに視線が送られるのが分かる。

「委員長、試合何出るんすか」
「んん? バスケが準決勝まで行ったら出てくれって言われたな」
岸田の問いにキヨ先輩はタブレットを触りながら答える。それなら、もし俺たちのクラスも先輩のクラスも順調に勝ち進んだら、準決勝もしくは決勝でキヨ先輩と試合をすることになる。
そうなったらいいなと思った。先輩と対戦するのは楽しそうだ。

「キヨ先輩のクラスってどこでしたっけ」
「俺はB。当たったら楽しそうだよなあ」

そう言って視線を向けられ、同じように考えていた俺は笑って首肯した。


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