My heart in your hand. | ナノ


▼ 24

「俺の風邪が移ったのかも」
もしそうだったら、先輩にも風紀にも迷惑をかけてしまっていると考えて申し訳なさに眉を寄せると、先輩の手が伸びてきて眉間に触れた。驚いて顔を見れば、悪戯っぽい微笑みを向けられる。
「間が空いてるから違うよ。風紀の風邪率すごかったから、絶対にそっち。そんな顔しなくていい」
優しい人だなと思った。俺は小さく笑い返してから彼の手を取る。触れてきた指の熱さが気になったのだ。

「、ハル?」
「先輩、いつもより手熱いですね」
普段はほんのりと温かいくらいなのに、今は明らかに熱を持っている。

「ハルの手はひんやりしてるな」
「―俺は普通です」
軽く触れあっていただけの手が、確かめるように俺の指を握りこんだ。じんわりと温かさに包まれて心地いい。けれどほとんど繋いでいるのと同じ形に、少し落ち着かない気持ちにもなる。

キヨ先輩は穏やかな表情で俺の手を持ち上げて、じっと見つめている。

「……綺麗な手でもないんで、そんなに見てもいいことないですよ」
居たたまれなさに声をかけると、彼の目はこちらを向いて三日月形に細まった。

「これ、なんの傷?」

そっとなぞられたのは親指の付け根辺りにある、擦ったように細い線がいくつもついた傷痕だ。問われるままにいつの傷だろうと記憶を探る。

「あー……確か、ブロック塀か何かにぶつけたか擦ったかしたやつ? だと思います。こんなのでも痕残るんだなって感心しました」
「痛そう」
「多分痛かったような」
曖昧に首を傾げると、先輩は傷跡を撫でてから「これは?」とまた別の傷を示す。
「あ、これは覚えてます。相手の歯が変な風に当たって切れたやつ」
「傷だらけだなぁ。でも、新しい傷はない」

言われ、手から目を上げると先輩もこちらを見ていて視線が絡む。薄暗い中で見ても彼の目はステンドグラスのように複雑な色を含んでいて綺麗だ。

「こっちに来てからは、怪我するようなことがないから」
僅かに肩を竦めてみせると先輩は一つ頷いた。
ふー、と息を吐き出す様子が辛そうで俺の中の憂心が小波のように揺れる。

「キヨ先輩、もう寝たほうが―」
「うん。寝るから、それまでハルの話して」
俺はもう帰るので、と続けようとしたのを遮られた。その上で紡がれた言葉の意味を考え、首を捻る。

「俺の話、ですか」
「そう。中学の頃のハルの話。知りたいんだけど、ダメ?」
ダメ? と言いながら先輩は俺とは逆の方向に首を傾けてみせた。そんな甘えるような仕草をするのは予想外で、俺は一瞬息を詰めた。唇を引き結んでからゆっくり頷く。
「面白いものじゃなくてもいいなら」
「うん」

何を話そうかと思考を巡らせながら、触れ合ったままの温かい手を見る。まだほとんど日に焼けていない俺の手と比べてもコントラストが際立つほどに白く、滑らかで傷の見当たらない手の甲。
大きさは同じくらい。掌の、指の付け根あたりはやや固くなっているけれど、綺麗で温かいキヨ先輩らしい手だと思った。俺の手とは全然違う。



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