My heart in your hand. | ナノ


▼ 7

先輩に言われ、洗面所で顔を洗って戻ってくるとスマホの通知を知らせるライトが光っていた。岩見からのメッセージだ。
「寝坊した! 今日は朝昼どっちも食堂か購買だー! ごめんね!」という言葉のあとにしょんぼりしたウサギのスタンプが連打されている。

時間にはまだ余裕があるが、早起きして弁当やら何やらと作ってくれている岩見からしたら寝坊になってしまうのだろう。
負担をかけているなと思うが本人は朝型人間なのでいつもはさして問題なさそうだ。

今日の寝坊は昨日友達と遅くまで話したりしていたからだろうか。楽しかったという報告が聞けるといいのだが。
「了解」の後に普段の礼とたまにはゆっくりしておけと付け加えて送信する。

「ハルー」
「はい」
スマホをポケットに押し込んだところで呼び掛けられ、くるりと振り返る。いつのまにかキッチンに移動していた先輩は、冷蔵庫を覗き込んでいる様子だ。
中のものを確認し終えたのか背筋を伸ばしたキヨ先輩と目が合う。

「朝飯、簡単なのだけど一応作るから。食べてくだろ?」
「先輩がいいなら」
お願いします、と会釈すると満足そうな顔で頷かれた。
手持ち無沙汰で、サラダを作りながらトースターにパンをセットしている先輩に何かできることありますかと問いかける。

「じゃあ、紅茶入れてくれるか」
「はい」
示された棚には五種類くらい茶葉が並んでいた。ティーパックもあったが、瓶に詰められた茶葉の中からアッサムを選んで水をいれたケトルを火にかける。
沸いてからカップとポットを温めるためにお湯を注いでいると、ドアベルが二度続けて鳴らされた。

こんな早い時間に誰だろう。そう思ったのは俺だけではなかったらしく俺たちは顔を見合わせた。
きゅっと眉を寄せたキヨ先輩はちょっとごめんな、と一言残してドアの方に歩いていく。俺はその後姿を見送ってから茶葉を入れたポットに静かにお湯を注ぎタイマーをセットした。
その間にパンが焼けたので、準備されていた皿に載せて、サラダや目玉焼きの皿と一緒にダイニングテーブルに運ぶことにする。


「―いや、ごめんって。俺もさっき気付いたからさー」
「だからって今持ってくるな、それくらい―」

玄関から二人分の声がする。ちらりと目を向けたが相手はキヨ先輩より小柄らしく、影に隠れて見えない。聞いたことのあるような声と先輩の手にある書類から、風紀関連だろうかと推測する。何か揉めているらしい。

「はあ、分かった。次からは気を付けろ」
「うん。ありがとう―、ん? え!?」
俺に関わりのあることでもないので、さほど興味もない。タイマーの音がして俺はキッチンに戻った。
白磁のカップに透き通った色の紅茶を注いでいると玄関のほうからガタガタっと音がした。


「な、なんで江角くんが鷹野の部屋で紅茶淹れてるの!?」

次いで聞こえた声にギョッとして顔をあげる。セミオープンキッチンのカウンターから身を乗り出すようにしてこっちを見ている風紀副委員長としっかりと目があった。

「あ―、おはようございます」

一瞬の思考停止後、俺の口から出たのはそんな一言だった。

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