My heart in your hand. | ナノ


▼ 12

入学式翌日の実力テストが終わり、授業も始まって、そろそろ二週間ほど経つ。
中学では授業時間、教室に半分でも生徒がいたらいい方だったけれど、ここは全く状況が違う。欠席もサボりもいない。授業中の私語もほとんどなくて、教師の問いには指名がなくても誰かが応える。俺も中学の頃はただ席に居ただけだったが、この二週間はそれなりにノートをとってみたりしている。案外、板書を写すのは楽しい気がする。

クラスの雰囲気は、始まったばかりにしてはわりといいと思う。少なくとも今のところ、嫌な感じの奴はいない。とはいえ、俺は数人とほんの少し会話をしたくらいで、特別誰とも親しくはなっていないけれど。
入学式のとき隣に座った赤い髪の男とは、偶然にも席まで隣になったから言葉を交わす機会は比較的多いが、それくらいだ。


今日は天気のいい日だった。気温は体感で二十五度くらいで、肌寒さも感じなかったので散歩がてら、遠回りの道を選んで寮に帰ることにした。
花壇を彩る植物を目で追いながら歩く。校舎の陰になっていた場所から抜け出すと、遮られていた日光が届いて眩しかった。思わず仰ぎ見た太陽の位置はまだ高い。
前に向き直れば、花壇に腰かけるようにして屯している数人が目に入った。
普通にすれ違おうとしたのだが、彼らは歩いてくる俺に気が付くと立ち上がって道を塞ぐ形をとった。進行方向は邪魔されているし、その複数の目ははっきりと俺を見ているので、何か用でもあるのかととりあえず俺も足を止める。

派手に染め上げられた髪とだらしない服装。素行が良いようには見えない。それなりに品行方正そうな生徒を最近見慣れてきた俺の目には新鮮に映る。いや、懐かしいの方が正しいかもしれない。もしかして、噂のGクラスの問題児というやつだろうか。何年生かは分からないが。
わざわざ立ち止まったのに、ただニヤニヤしているだけで何も言わないので仕方なく俺から口を開いた。

「邪魔」
「そんな言い方ないじゃんよ、外部生くん」
「用がないなら退け」
「用ならあるって。今日は、彼女は一緒じゃねえのか?」
返ってきたのはそんな台詞。そして、言ってやったと言わんばかりにげらげらと馬鹿笑いが起こる。彼女というのが誰のことを指しているのか分からず黙っていると、中心にいて今の発言をした男が少し俺と距離を詰めた。下卑た笑みで見上げてくる男からは、汗ときつい香水が混じったような悪臭がして眉が寄る。

「毎日同じ部屋から出てくるんだってな」
「そうそう、超お盛んじゃん。イケメンくんはやっぱ俺らとは違うね」
「むしろ、心置きなくヤるために寮制のここ選んだとか?」
他の奴らも続けて言う。少しの間本当に意味が分からなかったが、ふと、それは前提条件の相違のせいだと気がついた。
つまり、こいつらは岩見と俺が恋人同士だと思っているのか。言われたことを反芻し、不快さと苛立ちがじわりと沸き上がる。こんな奴らが岩見を侮辱するの許せなかった。いや、誰だったとしてもか。
表情を変えた俺を見て、ますます彼らは品のない笑いを浮かべた。

「有り得る。なあ、そんなにイイなら俺らにも貸してくんね? あの特待生くん。可愛い顔で、結構好みなんだよね」
「――見た目も中身もゴミだな。ここは、ごみ捨て場じゃねえぞ」
目を見て笑ってやると、そいつはさっきの俺のように訳が分からないというような顔をした。が、一瞬後に理解が及んだらしく、怒りからかさっと顔が紅潮する。
ふざけんなよ、と口元を引き攣らせながら胸元を掴まれる。振りかぶった拳を見ていると、それは俺の頬骨の辺りを殴った。骨とぶつかって鈍い音が鳴る。握りも当てかたも悪いから俺は大して痛くなかったが、相手は多分手を痛めたと思う。
喧嘩慣れしているわけではなさそうだ。もちろん、俺だって慣れているなんていうほど喧嘩っぱやくはないが。

拳もまともに握れないのに手をあげるなんて、「短期は損気」という言葉を知らないのだろうか。
それなら俺がしっかり体を張って教えてやることにしよう。


prev / next
しおりを挟む [ page top ]

20/210