My heart in your hand. | ナノ


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十一月になると矢庭に寒さが増したように思えた。実際の気温は、天気予報などを見る限りそれほど急激に下がったというわけではないのだが、体感としての話だ。

いつの間にか少なくなった落ち葉をざくざくと踏んで煉瓦敷きの道を歩く。寮から校舎までは十分とかからないがその道程すら省略できるものならしたかった。周りの建物が高いからなのかビル風みたいなものが常に吹いていて、それもどんどく冷たくなってきている。
一際強い風が吹き抜けて、隣で岩見が肩を縮めた。

「うっわ。風強いねえ、今日」
「死ぬ」
「頑張れ頑張れ。てかもう冬仕様じゃん、エス」
むき出しの手が冷たくて、カーディガンの袖の中にしまい込む。ぎゅっと握っていると少しマシになる。

「まだ防寒具何もつけてないしシャツの下もただのTシャツだから、冬仕様じゃない」
「そか。もっと着込むもんねー冬のエスは」
今日の気温は十度くらいだ。平年より低温と報じられていたし、山だからここはもっと寒いと思っている。本当はマフラーなども出したかったが流石に早すぎるからやめた。あんまり早くから暖かい格好ばかりしていると本格的に寒くなってからが大変だ。
体を縮めて風に渋面を作る俺とは真逆に、岩見は髪をくしゃくしゃにされても楽しげに軽い足取りで歩いている。岩見だけを見ていると春の風の中にでもいるみたいだ。

「お前は冬でも薄着だよな」
「えー? 薄着ってほどじゃないでしょ」
冬でも半袖半ズボンで過ごす子供がいる。完全に理解不能の生き物だが、岩見もちょっとそっち寄りだと思う。寒いと口では言いながら、コートも手袋もしないのだ。
唯一マフラーは身につけていたと思うが、それでちゃんと防寒ができているのだろうかと思うくらいゆるい巻き方だった気がする。

見ているこっちが寒くなると言うと、今も秋口と変わらない服装の岩見は面白そうに笑っていた。


▽▽▽

俺が教室に着くのは、大抵始業時間の十分前くらいだ。もっと早く来ることも出来るが、そうする理由もないので朝は比較的のんびりと登校する。
バスケ部の朝練を終えた後らしい川森はいつも通り先に来ていた。振り返って「おーっす」と元気に声を掛けられる。

「はよ。……腕まくりとか寒そうすぎる」
「いや、動いてたから暑いんだよ。つーか、江角は本格的に寒くなってから大丈夫か」
川森はブレザーを脱いで、シャツの袖を捲り上げている。俺の格好は随分着込んでいるように見えるのだろう。まだブレザーとカーディガンを両方着ている生徒はほとんどいない時期だ。
外気に触れさせないようにしていた甲斐あって体温の戻った手で冷えた頬を温める。

「あんまり大丈夫じゃない」
「寒がりなんだなぁ、江角」
「ん。冬苦手」
校舎内はすでに空調がきいていて適温だ。やっと体から力が抜けた。

頬杖をついたまま、そういえばと別の話を始めたのに相槌を打っていると登校してきた近くの席の生徒が川森に話しかけた。そちらに川森の意識が向いたので、俺は何気なくスラックスのポケットからスマホを取り出した。何かメッセージが届いていた。

鷹野清仁と名前が出ていて、心臓が跳ねた。先輩と連絡を取るのは、実はあの時以来だった。それにしてもこんなふうにどきりとするとは思わなかったけれど。
変な動きをした心臓の辺りに手を当てつつ、幾分おそるおそるとトーク画面を開く。

『放課後に図書室行くつもりなんだけど、ハルも来ない?』
吹き出し型の中の、何の変哲もないメッセージを二度、読み返した。画面下部に表示された入力キーの上で少し指をさ迷わせてから、行きますと返事を打つ。送るのを一瞬躊躇って、たった四文字を送ることに何故緊張などしているのだろうとそんな自分に呆れる。先輩は普通なのに。

「あれ、江角? なんか急に不機嫌? 顰め面になってるぞ!」
「、別に」
また人に指摘されてしまった。
不機嫌なわけではない。顔を逸らして眉間に手を当てる。川森はまだ何か言いたそうだったが、ちょうどチャイムが鳴ったためそのまま前に向き直った。


担任が入ってきて、連絡事項を話し始める。それを耳に入れながら、つい溜息が出た。
いわゆる告白、というものをされてから、俺はずっとキヨ先輩のことを考えている。彼が望んだように、彼のことばかりだ。しかしまだ結論は出ていない。確信もない、曖昧なものを先輩に差し出すことなど許せないから、返事はできないまま。そんな状態でもやはり先輩に会えるのは嬉しい。

そうか嬉しいのかと後からまるで他人のことみたいに思うくらい自分の情緒をまともに把握できていないから、埒があかない。



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