My heart in your hand. | ナノ


▼ 19

"好意の種類とその判別方法を述べよ。"
そんな試験問題じみた文言が頭の中に明朝体で黒々と浮かんでいる。

「エスー、それもう沸いてるんじゃないかい?」
種類―種類はまあ、分からなくはない。だがしかし、判別方法はと言われるとまるで駄目だ。好きは好き。どれくらい好きかという程度の差こそそれなりにあれど、どういう風に好きかという考え方は俺の中になかった。どういう風にとはなんだ。抽象的過ぎるだろう。
「エスー、おーい。もしもーし、晴貴くん?」
そも、感覚などというものはそれこそ十人十色だ。世間一般に言われるものが俺に当てはまるとは限らない。いや、当てはまらないとも言えないけれど。

「エス! 聞こえねえの?」
「うわっ」
とんっと肩を小突かれて、慌てて振り向く。きゅっと眉を上げた岩見が「もう、沸いてるって言ってるのに」と言いながら横から身を乗り出してコンロの火を消した。ケトルからは蒸気が溢れ、ぼこぼこと煮立つ音がしていた。
あ、と声が出た。全く気が付かなかったのだ。

「……悪い」
「俺が気づいたからいーよ。でもどうした? お前、今日ちょっとおかしいよ?」
柱にぶつかりそうになってたのとか初めて見たよ、とゆったりと言う。そんなことがあっただろうか。

「昨日なんかあった? 夜もご飯要らないって言ってたじゃん。どっか体調悪いの?」
「元気」
答えながら温めたティーポットに茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。岩見がキッチンタイマーを三分にセットした。それでやることがなくなった。間が空く。
横目に岩見を見る。心配と訝しみの混ざった表情をしている。

「なぁに。言ってごらんよ、嫌でなければ」
「……好きだって言われた」
どういう表情をしたらいいか分からない。目線を逸らし、片手でなんとなく顔を隠す。それからぼそっと告げた台詞に、見なくても岩見がきょとんとしたことがわかった。

「へ? そんなの今までだってよく――、あ。えっ、も、もしかして委員長……?」
途中ではっと息を呑んだ岩見が恐る恐るといった様子で尋ねてくる。誰から、と言う前に当てられるとは思わなかった。もう引退したから委員長ではない、と訂正をする呑気さは流石にない。
「……、そう」
「うわあ―はー、まじで。そうか。そりゃ動揺するよな。なるほど……」
しきりに納得したような感心したような声をあげられるのが居たたまれない。俺は手持無沙汰に汚れても濡れてもいない調理台を拭いた。

「え、それで? なんて返事したの? つーか、返事できた?」
その質問に、流石に岩見は俺を分かっているなと今更な感想を抱く。首を振ったとき、タイマーが鳴った。二つのカップに紅茶を注ぎ、岩見を促してリビングに移動する。

岩見は普段、ソファーに腰掛けるよりラグマットの上でソファーを背凭れ代わりに座ることの方が多いが、今日は会話しやすいようにか、俺の隣に座った。片脚を抱えるような姿勢で体をこちらに向けている。

「エス、大丈夫? ショック受けてたりする?」
「ショック?」
「友達だと思ってた相手から恋愛感情向けられてたって、わりとショックなことじゃない?」
想像だけどねと最後にあっさり付け加えつつ、岩見は紅茶を一口飲んだ。

「ああ……いや、そういうのはないな」
「そなの?」
「うん。つーかキヨ先輩のことどういう風に見てるかとか、あんまり考えたことなかったんだよ。先輩後輩とか友達とか、どれも当てはまるようでなんか違うっていうか」

そう、説明にちょっと困る関係だった。部活や委員会が同じというわけでもないから、尊敬の念はあれど上下関係めいたものはないし、友達というのもしっくり来ない。
だからつい、とても仲が良くて大事な人というようなまどろっこしい表現になる。


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