My heart in your hand. | ナノ


▼ 18

「ハルが向けてくれる好意を、否定するみたいな言い方してごめん。同じ好意も俺は持ってる。……違うって言ったのは、無しにしてくれる?」
言われ、俺は少し笑った。頷きながら袖を目元に当てて滲んだ涙を拭う。別に泣くのを恥ずかしいことだとは思っていないが、元々あまり泣かない気質だから気まずい感じが少しある。

「……違うんじゃなくて、俺が欲張りだから足りないって思うんだ。ハルの唯一の好きも欲しい。たった一人にしか向かない好意を、俺に向けて」
優しい指が俺の下瞼を撫でる。安堵して、緩んで、静かになった頭に先輩は熱を流し込んでくる。「―好きなんだよ、本当に」と続いた言葉は少し掠れていた。じんと耳が痺れるような声だ。

俺が自分の混乱に気を取られてしまっていただけでその熱は最初に好きだと言われた時点から差し出されていたのだろうけれど、改めてそんなふうに言葉を重ねられると、俺は今物凄いことを言われているのだと今更になって実感が沸いてきた。
じわじわと頬に血が上る。先輩と繋いだままになっている手も、冷えていたのが嘘のようだ。

彼は俺が思っているよりも俺のことが好きだと言ったけれど、それは本当かもしれない。目が、声が、手が、彼の全部が俺に好きだと訴えかけてくるように感じる。こんなふうだっただろうか。
俺はこれにずっと気付かずにいたのか? それとも先輩が隠していたのか?

ああそうだ、黙っていないで返事をしなければ。いや、しかし、そういえば俺は恋愛感情をよく分かっていなかったのだった。それでは諾とも否とも答えようがない。軽々しい返答はしたくない。

「俺のこと、恋愛の意味で好きかどうか分からないなら、分かるまで考えてほしい」
俺の当惑を読み取ったかのように先輩が言う。さっきも似たようなことがあった。俺が分かりやすいのもあるだろうが、キヨ先輩が俺のことをよく見ているとか考えることを分かっているというのもあると思う。
目の下をなぞった指は、頬をするりと撫でて離れた。さっきよりひやりとしている感じがしたのは俺の頬が熱いせいだろうか。
キヨ先輩は余裕のない声でそれでも言い聞かせるようにゆっくりと言葉を続ける。

「俺のことでいっぱいになっちゃうくらい考えて。たくさん考えて―それでわかったら教えて。好きでも、そういう意味では見られなくても」

そうか、と俺は一度瞬きをした。
分かるまで考えていいのか。それなら、出来るかもしれない。適当でなく、軽んじることもなく、丁寧にキヨ先輩の想いに向き合えるかもしれない。

「考えます、ちゃんと。……待っていてくれますか?」
目を合わせて問う。遅くなるかもしれないがちゃんと考えるからそれでもいいかと。

キヨ先輩は、きゅっと目を細めて俺がとても好きな笑顔を見せた。それから大きく頷いてくれた彼は、繋がった手の親指で俺の手を撫でながら「ありがとう」と言う。どう返したらいいか分からなかったから俺は黙って頷いた。



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