My heart in your hand. | ナノ


▼ 12

十月も残すところ数日である。新生徒会の発足からやや遅れて今日、各委員会でも引き継ぎが行われるらしい。風紀委員会の新しい委員長は以前岸田の言っていた通り、原さんに決定するという。つまり今日からキヨ先輩は風紀委員長ではなくなるのだ。

放課後になってから一時間程。今は事務的な引き継ぎも終わった頃だろうか。
俺は林の中の開いた空間にいた。ここは新緑の季節にキヨ先輩に教えてもらった、山桜が綺麗なのだという場所だ。円形の草地になったそこには、古いベンチがたった一つ。普段は木の葉や草の、濃度の違う緑が目に優しいこの場所は、今は違った風景になっていた。
周りを囲む桜の木々はすっかり紅く染め抜かれ、夕焼け色に揺れている。中庭など学園の管理が届いている場所にはない銀杏の黄色も、他の木々に混じるように見つけることができた。

所々錆びついてしまってキシキシと音を立てるベンチに座って、ぼんやりと頭上を見上げる。空は遠く高い。視界に入る赤や黄色の葉を綺麗だとは思うが、別段植物に明るいわけではないので、よく見かけるもの以外は種類も名も分からない。山桜も、教えられていなければ花のない時期にはそうと判別できなかったと思う。
あの一段と濃く紅葉した樹はなんという名前だろう。

考えていると、風もないのにひらりと舞い落ちた葉が軽やかにベンチの上に乗った。拾い上げて、矯めつ眇めつ眺めてみる。深い色味に感心する。どうしてこんな色に変わるのだろう。寒暖差で一層美しく染まるというのは本当だろうか。
今度、図書室で調べてみようか。
そう思ったところで、落ち葉を踏む乾いた音が聞こえた。俺が来たのと同じ方向からだ。肩越しに振り返る。
まだ明るい木漏れ日の下で一瞬足を止め、ひらりと手を挙げるキヨ先輩。

「驚かせようと思ったのに」
「―いつもなら気付かないでしょうけど」
「流石に無理だよな。落ち葉すごいし」
挨拶代わりのような、深い意味のない応酬をしながら、俺は先輩がここに来たことに少なからず驚いていた。歩み寄ってきた彼のために少し横へずれてスペースを作る。

「キヨ先輩、どうしてここに?」
すぐ隣に座って、のんびりと木々を見渡す先輩に尋ねた。俺がここで会ったことがあるのは彼だけなので、振り返る前からキヨ先輩だとは分かっていたのだが、それでも意外だったのだ。
きっと引継ぎに関する諸々を終えたばかりだ。その後はなんだかんだ委員たちと一緒にいるだろうと思っていた。風紀委員会は殊に仕事が多い分委員同士の結束も強く、風紀委員長である彼がとても慕われていることは傍目にも明らかだったから。今日この場所で会うことになるなど考えもしなかった。

「三年の慰労会みたいなものは、週末にしてくれるらしい。俺は、……なんとなくハルに会いたかったから」
風紀委員の仲間と一緒に居なくていいのかという含みを正確に汲み取った返事だったが、続いた言葉に思わず、じっと先輩の横顔を見つめる。"なんとなく"。つまり、理由はないが会いたいと思ってくれたということだろうか。少し嬉しい。

「……でも、なんでここにいるって分かったんです?」
「あー、なんとなくっていうのは、ちょっと嘘かも」
「は?」
前言撤回が早い。ぬか喜びではないか。
どういう顔をすべきか分からないでいると、こちらを向いた先輩はそっと優しい声で続ける。

「本当は、ハルがここにいてくれたらいいなって思って、来てみた」
「―……、なんで?」



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