My heart in your hand. | ナノ


▼ 5

振替休日が終わると、通常通りの日々が戻ってくる。明日に生徒会選挙を控えた木曜日、俺は岩見と食堂に来ていた。岩見のカツカレーへの欲求が爆発したため、らしい。自分で作ったものでは満足ができないのだとか。
あまり共感できなかったが、そんな時もあるのだろう。

「カツカレー、カツカレー!」
「カツだけじゃ駄目なのか」
「だめ。カレーだけでもだめ」
「ふーん?」
「エスは何食べるか決まってる?」
「俺、グラタンがいい」
「グラタンっ? かわいいな!」
「何が?」
お望みの品を注文してから岩見のテンションが高い。俺もすぐに食べるものを決めてタブレットを元の位置に戻した。

「この時間帯に食堂来るの初めてかも。混んでるねえ」
何も考えずに「夕食時だからな」と返そうとしたところで、辺りを見回していた岩見はさっとこちらに向き直った。勢いのよさに咄嗟に身を引いたら背もたれにぶつかった。

「いきなり振り向くなよ……、なに?」
「委員長がいるよ、いいんちょー」
ほらほら、と岩見が視線を投げるのを辿る。離れた場所だったが、キヨ先輩の姿はすぐに見つけられた。まだ制服姿のままだ。

「見えた?」
「うん」
「なんかすっごいイケメンといるね。風紀の人かな?」
「キヨ先輩もイケメンだろ」
「そうだけど、俺はもう一人の方に注目してほしいのよ」

なるほど、と思って言われるがまま先輩の向かいの人を見た。こちらも制服姿だ。真っ直ぐに伸びた背筋と岩見が言うように非常に整った容貌を確認して、首を傾げる。
既視感があった。キヨ先輩とあの人が並んでいるところを、前に見たことがあるような気がしたのだ。
考えて、「あ」と声が出た。
「うん?」
振り返った岩見にどうしたのという顔をされて、俺は思いついたまま口を開く。
「あの人、生徒会の人だ。確か―、湧井、さん」
「え、次の生徒会長になる人?」
丸い目が更に丸くなった。

「岩見、知ってんの?」
「いや、だって、玄関のところに今週から候補者の名前、貼り出されてるでしょ」
「へえ」
「見てないんだな。そうだろうと思ってた。まあ俺もあの人が湧井さんって人なのは今知ったけど。エスは? なんで知ってるの?」
文化祭前にキヨ先輩と風紀室に向かっていた際、先輩に用があった彼と行きあったことがある。説明すると、岩見は納得した様子で頷いた。

「でもエス、顔も名前も覚えてるなんて珍しいじゃん。顔覚えてないとか名前聞いたけど忘れたってこと多いのに」
「そうだな。やっぱり顔があんなだからじゃないか? あの二人が並んでるところだけちょっと別次元じみてるし」
二人の方を顎で示す。周りに座った生徒は、明らかに意識してちらちらと彼らを盗み見ていた。離れたところからでも分かるくらいだ。

「お前も相当だけどね」
「え?」
「俺はエスと委員長が並んでるところ見ると、周りに花を投げ散らかしたくなるよ」
何を言っているのか分からない。真剣な顔で変なことを言う岩見に笑ってしまう。伝わっていないことを承知の様子で肩を竦められた。

「それにしても、生徒会の人が委員長とご飯って不思議だね? 同学年でもないのに」
「明日選挙だし、なにか相談とか?」
「えー、それなら同じ生徒会の人がいいんじゃない? それこそ現会長とかさー」
「確かに」
俺と岩見は不思議だな、と顔を見合わせた。


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