My heart in your hand. | ナノ


▼ 23

昼が近いこともあって、Aクラスには列が出来ていた。一番後ろに並んで、受け渡しをしている所を窺うと、少し奥でピンク色のTシャツを着て半袖を更に捲りあげた岩見がホットプレートの上の焼きそばを炒めているのが見えた。

「岩見、すげえ的屋の兄ちゃんぽい」
岸田のコメントに思わず笑う。前に並んでいた人がちらっと振り返り、慌てて前に向き直った。少し気まずくなって襟を正す。

「俺は時代劇で、岩見は的屋か」
呟いて、忙しそうな岩見を眺めていると、出来上がった焼きそばを透明の容器に盛り付け終えたタイミングで顔を上げた。俺たちを見つけぱっと明るい表情になって、何か言いたげに列を見やった。
「なんだ?」
「多分、話しかけたいけど待ってる人いて手離せないからもどかしい、て感じ」
「ああ、なるほど」
その様子に首を捻った岸田に、予想を伝える。たぶん正解だと思う。

列は順調に進んでいき、俺たちの番になると岩見は待ち兼ねたという顔をして他のクラスメイトとホットプレート前の位置を交代して、こちらに来た。満面の笑みはきらきらしている。

「エスっ、めっちゃかっけぇよー!はあぁ、俺の親友男前すぎ。すぐ言いたかったから列長いのもどかしかったわ」
「気に入ったんなら良かった」
「超気に入った! 誇らしいまであるよ。親の気持ち」
「お前はピンク似合いすぎだな」
嬉しそうにはしゃぐ岩見の格好を改めて見て、こちらも感想を伝えると眉がへにゃっと下がった笑顔になった。

「マジで? 派手だから嫌だったんだけど、エスが似合うって言うなら大丈夫かなぁ」
「俺も似合うと思う」
「わー、岸田くんもありがとー! あっ、焼きそば二つね、塩とソースどっちがいい? おごるよー」
「いや、奢りとか―」
「ありがと、岩見。俺、塩がいい」
「おっけー。岸田くんは?」

遠慮しようとしたらしい岸田は、俺と岩見を見比べてから「ソースで」と戸惑ったように答えた。

「悪い、岩見。ありがとう」
「いいの、いいの。エスにあんみつおごってもらうし。ねっ」
「ああうん、わかった」

そういえば、前にメニューで一番力が入っているのはクリームあんみつらしいと話をしたときから食べたいとうきうきしていた。それを思い出した俺は、顔を見た岩見に任せろと頷いてみせた。

「―ね、エス。北川くんのクラス見た? すごいぞ」
容器に入れた焼きそばを一つずつ受け取る。岩見は一旦休憩をもらうことにしたらしく、イートスペースになっているテーブル席の方に俺たちと一緒にやってきた。
楽しそうに聞かれ、北川のクラスがどうかしたのだろうかと思う。確か、Bクラスだ。パンケーキか何かを作っている。

「見てない。なに?」
「あのクラス、メイドさんがいたよ」
「は?」
「メイドのコスプレしてんの。ほんとに女の子みたいになってる子も、数人いるけど、後はだいぶ面白いことになってる。北川くんも絶妙な似合わなさだった」

先程から声に含まれている笑いは、思い出し笑いらしい。
メイドの格好。男子高校生が。「うわ……」と、想像してげんなりした声が出た。開会式のときのBクラスの列には制服姿とクラスTシャツ姿の人しかいなかったが、メイド服はインパクトを出すために着ていなかっただけらしい。確かにインパクトはあるだろうけれど。

うちのクラスにそんなことを言い出す人が居なくて良かった。知り合いの女装とか、普通に見たくない。

「はは、エスドン引きしてる」
「いや、別に何しようが本人たちが楽しいなら関係ないけど……若干、視界の暴力って気が」
「さっき、物凄い化粧したメイドとすれ違ったけど、あれもBクラスの奴だったのかもな」
もぐもぐと麺を頬張っていた岸田が超然として言う。恐らく、その人物とすれ違ったという瞬間も、このやや不機嫌そうな、至っていつもどおりの表情を崩しはしなかったのだろう。ぼんやりしているというと語弊があるが、岸田はそういうタイプだ。

まじでー? と岩見はやはり楽しそうだ。
俺は考えるのをやめて焼きそばを食べることにした。


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