My heart in your hand. | ナノ


▼ 24

俯いたままでいるせいで、先輩が避けてくれた髪がまた視界に入る。

「……、キヨ先輩。俺、ずっと考えてたんです」
「ん?」
返事として適切な言葉は何一つ浮かばなかった。ただ、何か……無言ではなく何かを言いたいと思って、少し視線をさ迷わせる。そうしたら、自分の中でも脈絡のない言葉が勝手に口をついた。
言われた方であるキヨ先輩が何のことだと言うようにきょとんとしたのも当然だ。
けれど、一度言い出したらその続きも伝えたくなって、今ではないと言えないような気さえした。

「先輩が……前に、大事にされてる岩見が羨ましいって言ったこと。ずっと考えても分からないんです」
視線を少し日焼けした畳に落とす。相槌はなかったけれど、先輩が耳を傾けてくれていることなど確認しなくともわかる。

「大事なのは一緒だから。岩見と同じくらい、って比較するのもなんか違うけど、俺は、キヨ先輩を大切だと思ってます。あんたが笑うと―嬉しいし、辛そうだと多分、悲しいって思う。先輩に対してできることがあるなら何でもしたいって。……だから―」
続く言葉を探して言い淀む。いや、「だから」に続く言葉など実際はないのだ。だって俺は、あの時羨ましいといった先輩の真意が分からないから。
答えの見つからないことを、ずっと考えていた。キヨ先輩は忘れてと言ったのに、それでも考えていたのだ。

俺の言葉が先輩に喜んでもらえる答えかどうかは分からない。でも、岩見を大切だと思うように先輩も大切なのは事実で、先輩がそのことを全く分かってくれていないなら、それは少し、悲しい。
それから、羨ましく感じる必要なんて無いと伝えたことで笑ってほしいとも、思った。

「……、すみません。上手く言えない。でも――言っておきたかったんです」
結局、まともに話を結ぶことも出来ずにそう締め括った俺の、彼に近いほうの手首が掴まれた。知っているよりも高い、熱いくらいの掌の温度。

「ハル」
顔を上げる。すぐに視線が絡んだ。溶けそうなほどに優し気な瞳だ。光っているみたいに見える。

「―ありがとう、ハル。正直、あんなこと言って少し後悔してたんだ。すげえ情けないなって。だから忘れてなんて言ったのに。考えてくれて、ありがとう。そんな言葉がもらえるなんて思ってなかった。……嬉しい」
俺と同じく、どう言えば伝わるか探しながら話してくれているのが分かった。押し出すように嬉しいと言って、彼は一度強く唇を引き結んだ。何かを堪えるみたいに一瞬、眉根に力が籠もる。

「――ハルが、俺のこと、一生懸命考えてくれて嬉しい」

すぐ傍の庭の鯉にすら届かないような小さくてやや掠れた声で、俺だけに伝わって欲しいみたいにそう続けて、彼ははにかむように笑った。白い頬がうっすらと赤くなっている。
それに気づいた途端、体温が突然上がったように感じた。耳朶が熱い。キヨ先輩の顔を真っ直ぐ見ることが急に難しくなって、また俯く。

とても恥ずかしいことを言ったような、そして言われたような気がする。
それなのに心底言ってよかったと思っているし、自分が感じているこれが何なのか本当に分からなかった。
それでもどうにか平静を装って「ありがとうって言ってもらえるほどのことじゃないです」と返した。その返事がどんな風に聞こえたか、自分ではあまり分からなかったけれど、先輩は「そっか」と優しく笑ってくれた。



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