My heart in your hand. | ナノ


▼ 19

やっと少し人混みから離れられたのは、先程から右側に長く続いていた川の土手に降りたときだった。幾人も人が座り込んでいる中に空いている場所を見つけて立ち止まる。

「ふぁー、こみこみだったねえ」
額を拭う、ちょっと芝居がかった仕草をしたあやめちゃんは、片手で大事そうに持っていた林檎飴をくるくると回す。
そのまま草の生えた土の上に直接座ろうとしたのを止めて、ハンカチを広げる。
「浴衣、汚れたら嫌だろ。この上に座ればいいよ」
「うわ、ごめんハル。気回らなかった、ありがとう。ほら、あやめもお礼言って」
「ありがと、晴貴くん! 紳士さんだねっ」
くふふっと笑うあやめちゃんに「どういたしまして」と笑い返して、こちらはそのまま腰を下ろす。俺は汚れようがどうでもいいのだ。

それから場所取りに俺を残してあやめちゃんとキヨ先輩が、近くにあった屋台にかき氷を買いに行った。晴貴くんの分は私に任せてねと言われたので、大人しくいちごのかき氷をお願いする。
戻ってきた二人から受け取った器はひんやりと冷たかった。小山を作る氷は頂上から濃い紅色のグラデーションを作っている。それが屋台の光にきらきら光って綺麗だ。

「ね、ね、色ついてる?」
半分くらい食べ進めたところであやめちゃんがべえ、と舌を出して見せた。食べているのはブルーハワイで、舌は当然毒々しいくらいに青くなっている。思わずうわと声を出してから笑った俺に、あやめちゃんも満面の笑みになる。
「すごい色」
「晴貴くんは?」
「ん」
促され、口を開けて舌を見せる。俺のはイチゴシロップだから、恐らくあやめちゃんほど毒々しくはないはずだ。

「ひゃあぁ、真っ赤だ!」
「まじで?」
「うん、人食べたみたいよ!」
「すごい喩えするな、あやめちゃん」
「そういえば、かき氷のシロップって、色と匂いが違うだけで味は全部同じなんだって」

笑いながら言葉を交わしていた俺たちは、ふと思い出したという調子で口を開いたキヨ先輩をそろって振り返った。
「見た目と香料で、脳が違う味って錯覚起こすらしいな。面白いよな」と先輩はさらに付け加える。
俺は二度瞬きをしてからあやめちゃんを横目に見た。ぽかん、と口を開けて年の離れた兄を見つめていた彼女もこちらに視線をよこす。

「夢がないよな」
「うん。知らなくてよかった」
自分たちが似たような反応をしていることを確認しあってから、またキヨ先輩に目を戻す。

余計な事を、と言わんばかりのあやめちゃんの表情と、若干温くなった俺の視線に「えっ」と声を上げた先輩は、一拍遅れて吹き出すように笑った。
「ちょっとー! なに笑ってるの、お兄ちゃん」
「いやごめん。俺が悪かった。あやめとハルが仲良いから、なんか嬉しくてさ」

仲が良い、かはわからないが普段通りに接するようにすると、あやめちゃんに対する戸惑いが無くなってやりやすくなったというのはある。
先輩がそれを嬉しいと思うのなら、良かった。

「もう、お兄ちゃんは。楽しいとか、美味しいとかに、水を差しちゃいけないのよ」
「ごめんって、そんなつもりじゃなかったんだけど、気を付けるよ。にしても水を差すなんて難しい言い方知ってるな、あやめ」
「うん、あやめ勉強したからね」

キヨ先輩は偉い偉いとあやめちゃんを撫でてから、俺と目を合わせて笑った。

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