My heart in your hand. | ナノ


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岩見の頭痛は長引くことも多いのだが、今回は朝には治っていたようだった。岩見が元気だと安心する。

翌週の今日は終業式だった。式は午前のうちに行われ、十一時を少し過ぎた今は既に放課になっていた。
高校生らしく夏休みを喜ぶ声がそこかしこから聞こえて、校内の雰囲気はなんとなく明るい。隣の席では灰谷が千山と帰省の準備について話している。前の方にいる委員長が課題をなるべく早く終わらせて夏を満喫するのだと意気込んでいるのも聞こえた。普段の彼は騒がしくはないが、声がよく通るのだ。
そんななかで俺は自分の席に着いたまま、スマホを片手に思案していた。

この間キヨ先輩からの誘いを反故にしてしまったし、今日は俺の方から食事に誘いたいのだ。考え込んでいるのは、そのメッセージの文面だった。普通にすると、謝罪や感謝でつらつらと長くなってしまう。

あまり長々とした文を送るのはどうかと思って、いつも無愛想一歩手前のような、むしろ人によっては無愛想だと言われるような短い文を送っている。
伝えたいことがちゃんと伝わるかは、無駄と思われるくらい吟味しているつもりなので、短くとも雑なわけではない。
もちろん、そんなふうに文章を気にするのはキヨ先輩にあてたものだからだ。家族にも岩見にも文面についてはほとんど何も考えずに送っている。
そこのところの違いがなにかと言われても、首を傾げるしかないのだが。

いつもより更に時間をかけて作った、しかし結局はいつもと同じようにあまり愛想のないメッセージを二度読み返してから、俺はようやく送信をタップした。

一仕事を終えたような気分だ。
まだ十二時にもなっていないし、岸田によれば風紀はこれから軽くミーティングがあるらしい。それが終わるまで来ないであろう返信をそわそわして待つ自分を思い浮かべると、なんとも言いがたい気持ちになった。
こういう時は憩いである図書室に行くに限ると思う。席を立つと、俺はさっさと図書室に向かって歩き出した。


▽▽▽

机に載せていたスマートフォンが一度振動した。古い紙の匂いがする本から目を離して、画面を確認する。通知を知らせる小さなランプが控えめに点滅している。ロックを解除をすれば、思ったとおり先輩からの返事が来ていた。

了解という短いメッセージに、バンザイするクマのスタンプが二つ並んでいる。反射的にふっと笑ってしまって、表情を引き締めた。見ている人はいないが、一人で笑っているのは恥ずかしい。
キヨ先輩がこんなスタンプを使うのは意外で、それを知れたことが嬉しかった。それから、了承されたことにほっとする気持ちも。

断られるかと、少し緊張していたのかもしれない。良かった。

スタンプを眺めていたら、また勝手に口元が緩んだ。

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