ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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来週から中間テストが始まる。今日の昼休み、慎くんがギリギリまで課題に手をつけていなかったことを知ってしまった越智くんは、鬼みたいな顔をして「放課後は勉強」と有無を言わせぬ調子で宣言をしていた。
みんなで集まるときはたいてい香くんたちの部屋が提供される。必然的に勉強会に巻き込まれることが決定した香くんはこれでもかというほど苦々しげな顔をしていた。ご愁傷さま、というやつだ。おれは素知らぬ顔で逃げておく。


終礼が終わると、おれはいつも通りのんびりゆっくり帰り支度をして席を立つ。テスト期間に入ってから、居残りして課題をするクラスメイトも少なくないから寝て過ごすには居心地が悪い。
軽いリュックをぽふぽふと跳ねさせながら廊下を歩いていくと、荷物を抱えた先生と行き合った。おれのクラスで現代社会を受け持っている先生だ。

「お、朝霧弟。暇か? 暇だろ? ちょっと手貸してくれ」
「せんせー、テスト期間だよ。お手伝いなんてさせていいの?」
帰ってお昼寝をする予定なので問題はないけれど、暇と言われるのは心外だ。わざとむっとした表情をすると、先生が「すぐに終わるから!」と訴えてくる。

「この教材を社会科準備室まで運ぶだけの、簡単なお仕事だ。先生、これから会議なの忘れてて遅刻しそうなんだ。遅刻したら怒られるんだ。年下の先生に叱られると悲しくなるんだ」
そりゃそうでしょうね、と言いたくなる説明を一生懸命する四十代男性教師。おれはちょっと呆れた目で先生を見つめてからしょうがないなあ、という態度で頷いてあげた。
「かわいそうだから、助けてあげるね」
「ありがとう、弟は優しいな……!」

香くんは優しくないって言ってるようなものだよ、それ。たのんだぞ!と大きく手を振って小走りに廊下を去っていく先生。廊下は歩きましょう、って小学生のときはよく言われたよね。
円筒形の黒い容器に入っているのはたぶん地図かなにかだろうと思う。二つもあるけれど、たいして重くはない。よいしょ、とそのベルトを肩にかけて、こちらは若干かさばる段ボール箱を両手で持つ。最近、荷物を運ぶお手伝いに縁がある。

「なんだっけ。えーと、そうそう、準備室ね」
以前に準備室の前の廊下を通った覚えがあるから、たぶん大丈夫だ。迷子になったときに助けてくれたお兄さんに言われたとおり、地図にも一応目は通してあるし。校内の配置を覚えたかと言われるの微妙だけれど。この学校、わりと造りが難解なのだ。いろいろ増築されているような感じで。
たしか四階だったはず、と階段を上って辿り着いた先にあったのは、生物準備室と生物実験室。あれ? おれが前に通ったのってここだっけ?

近くをうろうろしてみるけれど、他にあったのは理科系の別の教室と名前がつけられていない教室だけ。あれー。すぐ終わるはずだったのにな。ううむ、と考えながら歩いていくと、生徒会室と似た雰囲気のドアを発見した。横に掲げられているのは風紀委員会という達筆。圧のある筆書きだ。
つまり、風紀委員が使っているお部屋だろうか。ということは、たぶん人がいる。社会科準備室の場所も、たぶん知っている。
荷物を揺すり上げて、ノックをしようと空いた片手を握って振り上げたとき、内側からドアが開いた。おっ、と驚くおれと、出てこようとした人。

「―どうした?」
「あ、えっと、道を教えてほしくて?」
落っことしそうになった段ボールに気を取られながら答えると「また迷子か」と返される。

また? 言葉に違和感を覚えて、おれは背の高い相手の顔をようやくしっかり見上げた。なんとなく見覚えがあるお顔。デジャブ? 数秒考えてからおれははっと気が付いた。
「この間のお兄さんだ」
「忘れてたな」
図星を指されててへへと笑うおれにお兄さんもちょっと呆れた感じで笑い返してくれる。寛容だ。


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