2

「……、おはようございます」
「……おはよう」
一瞬、無言で見つめあってしまった。俺の挨拶は何故か小声で、それに合わせたようにキヨ先輩も小さく返事をした。それからまだ眠気の残る表情で、くすぐったそうに笑う。

「なんか、いいな」
「なに?」
「ハルが起きてるのに、俺から離れてないこと」
そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしい。俺は口を尖らせた。

「キヨ先輩だって、俺が起きるまで横にいることの方が多いでしょう」
「うん。」

平然と肯定された。

「ハルが起きるまで、ハルのことを色々考えてる。ハルも、俺のことを考えてた?」

ゆったりと瞬いた目が、じっと見つめてくる。気負いのない、寛いだ表情で俺が肯定するのを待っている。それが可愛くて、照れ隠しの否定すらする気にはならなかった。頷くと、背中にあった手が俺の頭を撫でて、前髪を後ろにかきあげた。そうして露になった額にキスされる。

「―っ、ちょっと、これは恥ずかしいんですけど」
「そう?」
「外国の人みたい」
「じゃあ、どこなら恥ずかしくない? ここ?」

笑みの形を作ったまま瞼に触れられて、柔らかいそれのくすぐったさに笑うと、顔中にキスが降る。反対の瞼と両頬、鼻先。最後は唇。

「――笑った顔、可愛い。ほんとにかわいい、ハル……」

軽く重ねた後に俺の目を覗き込んで言う。熱っぽい切なげな表情で繰り返される「可愛い」は、「好き」にしか聞こえない。だから男である自分に向けられるものとしては微妙なはずのその言葉が、嬉しいのだ。
また可愛い、と囁かれる。喉が詰まって、眼球の裏が熱くなった。愛おしさが込み上げると、悲しくもないのに、泣きたいような感覚になるらしい。

一瞬きつく目を瞑ってから手を持ち上げて、彼の髪を梳き、眉をなぞり、目尻を擽って、輪郭を辿り、顎に滑らせた指で、唇をなぞった。先輩はほんのすこし目を細めただけでじっとそれを受け入れた。
はあ、と吐き出した自分の吐息は、彼の表情と同じくらい熱っぽい。手首を掴まれて、応えるように顎を上げる。瞑目と同時にまた唇同士が触れた。ちゅ、と小さく鳴った音に耳が熱くなる。

力が入ったのを宥めるように、手首を親指で擦られる。そうして緩めば、軽く下唇を食まれた。柔らかくて心地いい、この感覚をもたらしているのが先輩の唇だと思うと、いろいろ堪らないような気になる。

「っふ……」
いつもより長いキスに、呼吸がどうとかの前に激しく動悸がして、苦しくなった。空いた手で胸を押す。先輩はすぐに察してくれて、最後に軽く触れあわせてから唇を離した。先輩の心臓も、俺が宛がった掌の奥で激しく動いている。息をついて、俺は伏せていた瞼を持ち上げた。目が合う前に、先輩は俺の体を抱き締めた。眠っていた時のように体温が上がっている。

「……もう少し、くっついてたい」

躊躇いがちな言葉に、返事をしようとして上手く声に出来なくて、こくこくと頷けば、ぎゅっと力が強められた。俺も同じくらい強く抱き締める。
言葉にならない思いが、この腕と熱から伝わってくれればいいのに。密着した体に先輩の強い鼓動を微かに感じて、それが何より愛おしかった。



(次はあとがき)