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チョコレート色のラグマットは、毛足が長くて気持ちがいい。それに窓から差し込んでくる日差しが温かくて、二つの相乗効果で体中から力が抜ける。
マットの上で丸まって、窓に背中を向けて肩の辺りから頬に当たる日光の温もりを堪能する。しばらくずっと雨が降っていて、そうでなくても曇っている日ばかりだったから、今日のような天気は久しぶりだ。

心地いい眠気のなかでずっと聞こえていたキッチンの方からの水の音が止む。軽い足音にのろのろと瞼を持ち上げると、こっちに向かって歩いてくる脚が見えた。黒いデニム。そのまま視線を上げていくと俺を見下ろしているキヨ先輩と目が合って、ちょっとおかしそうに笑われた。

「―なんで笑うんですか」
抗議のつもりで言ったが、声まで気が抜けていて、そんなニュアンスを含んでいるようには聞こえなかった。すぐそばまで来た先輩が、隣に腰を下ろす。

ぼんやりと見上げていると、指先で俺の顔にかかっていた髪をよけられた。そのままふわふわとくすぐったいくらいの力で撫でてくる手は、しっとりとして温かい。お湯を使って洗い物をしていたからだろう。心地よくて目を細めると先輩はまた微かに笑ったようだった。

「こんなところで丸くなって、猫みたいだ」
「……こんなでかいのに、喩えが猫でいいんですか」
「他の猫科動物でもいいよ。きれいで格好いいやつなら」
「猫は猫なんですね。じゃあ俺、ピューマがいいな」
「許可する。ピューマは格好いい」

互いに頭を使ってなさそうな会話だ。先輩は俺の前髪に指先で分け目を作りながら、「それに、俺の部屋でハルが寛いでるのって、なんかいい」と穏やかな口調で付け加えた。多分、こっちの方が言いたかったことだったのだろう。
黙った俺を気にせずに先輩は、そのまま指を滑らせて俺の顎をゆるく撫でた。楽しそうだ。それこそ猫にするみたいな手つきで、俺はつい笑ってしまう。

「ふてぶてしい動物がなついた感じですか?」
「ハルはふてぶてしくなんかないけど―、なんていうか、そうだな……ようやくここが気を抜ききっていい場所って思ってもらえるようになったかーって感じ」

飽きもせずに撫でてくる手には好きなようにさせたまま、俺はちらりとキヨ先輩を見上げた。
先輩と仲良くなった頃の俺なら、今のような体勢のまま先輩と話すなんてことは絶対にしなかった。多分、先輩の態度とか言葉とか、そういうものから俺はじわじわと無意識下で理解していったのだと思う。この人の前ではすっかり気を抜いてしまっても平気で、そういうふうに振る舞ってもこの人は嫌な顔をしないし、それどころか嬉しそうにしてくれるのだ、と。

先輩の言葉で今になってそんな自分の変化に気が付いた。俺はもしかして本当に動物的なのではないだろうか。

言葉だけ聞いていると、野良猫の話をしているみたいだ。



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