2

行こう、と焦れたように促され、そのまま寮へと戻った。道中も寮のロビーもまだ人が多くて賑やかだったし、キヨ先輩は相変わらず羨望の眼差しを向けられていた。
そんなことは意にも介さず、やや早足でほとんど無言のまま歩く彼の隣に並びながら、ふと気が付く。少し前までは生徒たちはキヨ先輩の隣に俺がいるのを見て、驚いたような怪訝そうな顔をしていたように思うのに、最近はそれが無くなっていた。
俺たちが一緒にいることは良くあることと認識されたらしかった。いつからだろう。思い出そうとしたが、分からなかった。そういえば、クラスメイトからもごく当たり前にキヨ先輩のことを尋ねられたりする。

周りの人間に、傍にいるのが自然と見なされているらしいと思い至った瞬間の感情は、明らかに喜びに分類されるものだった。俺が他人に興味がないのは変わらないのに、どうして周囲の反応を嬉しいと感じるのだろう。
少し考えて、多分、これもまた独占欲の一種なのだと結論づける。他人がキヨ先輩のことを考えたとき、傍にいる者として俺を思い浮かべることへの優越感とかそんなもの。なかなか性格が悪いな、と思ったが、まあ、今更だ。

キヨ先輩の部屋に着く。靴を脱ごうとしたらそれよりも早くぐっと肩を押された。
背中がドアにぶつかって、彼を窺おうとしたらその顔が寄せられて唇が重なった。その行動自体はとても急いているのに、唇は優しく、触れた部分から取り違えようもない好意を流し込んでくる。
短いキスを三度繰り返したところでつい、ふっと笑いがこぼれた。顎を引き、やや非難を込めた薄茶の目が軽く睨んでくる。

「なんで笑うの」
拗ねた子供みたいな言い方だ。知り合ったばかりの彼がそんな声を出したら、俺は絶対に、意外だと驚いただろうに。意外でもなんでもない、大人びたふうに見える彼には軟らかくて幼くてどうにも可愛い部分があるということを今の俺は、もしかすると他の誰よりも知っているのだ。

「すみません。図書室から無言だったのは、キスしたいのを我慢してたからなんだなって思ったら、つい」
「まあ、そうだけど……」
悪いか、とでも言いたげに口を歪めた彼を宥めるように真白い頬を撫で、弁解の意を込めて唇の端に口付ける。今度は鼻先と、少し寄せられた眉間にも。照れくさそうに頬を弛めてくれたと思ったら、すぐに別の意味で恥じるように目を伏せてしまった。

「……ごめん」
「、なんで謝るんです」
「いや―、がっついてるって引いたかなって」
その発想はなかった。ぱちりと目を瞬く。その一瞬の間に、先輩はくっついていた体を離して、「ごめん、中に入ろう」と笑って靴を脱いだ。俺もちょっと慌てて靴を脱ぎ彼の後を追って、リビングに入ったところでその手を掴まえた。
誤解されるのは嫌だったし、そのせいで彼を少しでも悲しくさせるのはもっと嫌だった。

「ハル?」
「引いてないです。がっついてるなんて、少しも思わなかったし、――笑ったのは、ただ、嬉しくて、あんたが可愛いと思ったからで……、そんな、……したかったのは自分だけみたいに言われるのは、嫌です」

どんどん恥ずかしくなって、最後の言葉などは先輩にではなくなぜか床に向かって発していた。くそ。さっきまでは笑っていられたのに。こんなに全部言葉にしなくても良かったんじゃないか? 最後の辺りとかいらなかっただろ。俺もキスしたかったって言ってるのと変わらない。何を、こんなに馬鹿正直に伝えているんだろう。しかも、嫌ですってなんだ、駄々っ子か?
自分の発言に駄目だししながらそっと先輩を窺えば、案の定ぽかんとしていて、その反応がなおさら羞恥を誘う。

俺はぱっと手を離すと部屋の主を追い越してさっさとソファーの方に向かった。逃げたとも言う。



back