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江角くんは平然とした顔で俺を見ているが、委員長は口元がひきつっていた。その様子と江角くんの発言から、俺の危ない(端から見れば危ないという自覚はある)言葉はしっかり聞こえていたことが窺える。
羞恥と混乱であわあわと変な声が漏れる。


「江角くん、パンツの色をこんな変質者に教えたらいかんよ」

愕然とする俺に構わず、北川は笑いながら俺のアイドルに話しかけている。
そうなの? と首を傾げる仕草から、さらりと揺れる髪の一筋一筋すらも完璧。間近で見てもやっぱり最高だなぁー……、と現実逃避したくなったが無理だった。失態が過ぎる。

「え、ええ江角くん、あの、あの、なぜこちらに……?」
「あそこに座ろうと思って歩いてたら話が聞こえたから」

あわわ、声がでかくてごめんなさい。入り口に背を向ける席に座っていた俺は、不覚にも推しが来たことに気が付いていなかったらしい。

「あ、あはは、ちなみに、どこから聞こえてました……?」
「今日のパンツ何色ってとこから」

あーー!あーーーっ! 江角くんの口から変態の常套句を吐かせてしまったーー! そんな無垢な表情でそのセリフはなんかこう―、ごめんなさい、興奮する!

頭がパニックになりすぎてか、変な部分に過剰に反応してしまって、えへへ、と意味なく笑ってしまった。元委員長の眉間にぎちっと力が入る。わかりますキモいですよね、生きててすみません。
俺は焦って無駄に上下させていた手を膝の上で握って、座ったままではあるが急いで江角くんに頭を下げた。

「不快な発言をお耳に入れてしまったことをお許しください」
「いや、不快っていうか、よくわかんねえって感じなんだけど」

なんでそんなの知りたいの、と問うてくる声は、話しても「へー」で済まされそうなくらいどうでもよさそうだった。しかし俺には答えるという選択肢しかないのである。

「お、俺は江角くんのファンなので……、歯ブラシの硬さとかも知りたいです……ボクサー派かトランクス派かも知りたいです……」

おかしい、最初の部分だけでいいはずなのに友達にすら引かれた言葉を真正直に、しかもご本人に向かって繰り返してしまっていた。
恐る恐る見上げた先で、江角くんは下から見るとよく分かる長いまつげをはたりと瞬かせて、急に興味が湧いたような表情になって俺をじっと見た。

「―あんた、もしかして前に俺の顔が好きって言ってた人?」

あーー! 俺のアイドルが俺のこと覚えてくれてるー?!

「そ、そうです……! 江角くんのご尊顔がとんでもなく好きな人間です!」
「相変わらず変人だな」
さらっと言われた言葉、御褒美です!

江角くんはよくわからないという言葉通り怒ってはいないらしく、とてもニュートラルな表情だ。ハアハア、やっぱり格好いい。


「―ハル、もう行こう」
こんな機会は滅多にないぞ、とちょっと周りのことも状況も忘れて江角くんに見とれていたら、委員長が軽く江角くんの袖を引いた。あっけなく麗しいお顔は後ろを振り向いて、これまた整った横顔が晒される。

「あ、はい。待たせてすみません」
「それはいいけど、―よくわからないと思うことには、答えちゃだめだよ」

ちょっと困った風にいいながらちらっと俺に向いた鷹野先輩の目は確実に「こいつは変態だ」、と言っていた。
はい、ごめんなさい。俺はさすがに江角くんを凝視するのをやめて顔を背けた。


「そういうものですか?」
「うん。」
「分かりました」

とっても素直に頷いた江角くんは、こちらに向かってじゃあ、と手を軽く上げるとあっさり元委員長と並んで食堂の奥の席に向かっていった。




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