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ある王様の話 - 26



自慢じゃないが二日酔いになったことはない。なぜなら、そこまで飲まないからだ。酔って醜態を晒すのはごめんだし、なにより酔っ払った上司や後輩をタクシーに押しこめる役割もある。だが今の、今朝の俺はひどく頭が痛かった。


「おはよ」

「……」


シンプルだけれど高級そうなマグカップをこちらに差し出しながら、穏やかに微笑むこの男が原因であることは明白である。
男――御崎は、シャツにパンツ一丁という情けない格好をしながらベッドに沈む俺の近くに腰を下ろし、コーヒーは苦いから飲めねぇ? などと聞いてきた。飲めるけど、そう答えた唇がヒリヒリして痛い。

昨夜、偶然を謳った再会を果たしたらしい俺は、あのあと御崎に繋がれたまま彼の家まで連れて来られた。そこからはもう語るだけでも砂を吐きそうになるが、べっこう飴を口に含んではキスをされ、溶けてはまたべっ甲飴を口に含まされキスをされ、などという行為をひたすらに繰り返した。いや、繰り返されたのである。
おかげで唇はヒリヒリと痛み、なぜか腰が抜けた俺に気を良くした御崎に手錠を繋がれたまま一夜を共にしたのであった。あぁ、今日が休みで本当に良かった、本当に。


「……苦い」

「やっぱり苦いんだ?」

「うっせー。でも美味いよ」

「そう」


昨夜、いくども唇に食らいつく御崎に偶然ではないだろうと咎めた俺に、彼はただうっすらと笑みを浮かべるだけだった。その笑みがなによりの証拠になることを分かり切った顔をして、言い訳もせず口内を犯す御崎が、それでも手錠を外そうとしない姿が可愛く見えたなどと。


「あの店で会ったのは偶然。これだけは本当」


受け取ったコーヒーをすする俺を見ずに、御崎がぽつりと呟いた。
呆気に取られて反応が遅れたが、なにを言っていいかも分からず「ふーん」と相槌を打つ。


「転勤のこと知ってたのは?」

「あぁ、それも本当」

「……」


もはやどれが本当で、なにが嘘なのか分からない。けれど、あの日より遥かに歳を重ねた今の俺たちが、こうして馬鹿げた恰好をしてコーヒーをすする今だけは、多分本当なのだ。


「それから明後日の商談相手が俺だってことも本当」

「ぶふっ!?」


したり顔で微笑む御崎の爆弾発言に、肌触りのいいシーツをコーヒーで汚してしまう。けれど御崎は怒るでもなく、呆れるでもなく、ただただ楽しそうに、まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべるのだった。
あの日、あの町に置き忘れたなにかを取り戻すかのように、哀れで孤独な迷子で小さな、俺だけが知っている可愛い王様は、そうして笑みを浮かべるのだった。




―――――
とりあえずこれにて完結です。
ミサキは露骨ではないけど執着の部類。しかも強か。
そんなミサキに引けをとらないほど基も図太いのです。




 


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