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ある王様の話 - 8



「残念でした」


鼻で笑ってやると、ミサキはみるみる口角を吊り上げていく。気持ちが悪い。


「それ、何味?」

「黒糖のど飴」


素直に告げると飴が歯に当たる。カランッと小気味良い音が静かな教室にはひどく映える。ゾッとするほど美しい笑みを浮かべたまま、王様は鎖を手繰り寄せた。
徐々に引かれる体が少しずつ、少しずつ王様へと近づく。彼の指が首輪に触れるその一歩手前で、俺はミサキの瞳を覗き込む。


「俺、いつまで犬でいりゃいいの」


なにが悲しくて男同士、見つめ合わなければいけないのか。色素が薄く、光の加減で灰色に見える瞳が弧を描く。


「飽きるまで」

「……あぁ、そう」


なんとも明確な答えである。ため息をつきながら、じゃらじゃらと音を立てて離れる俺を、しかしミサキは許さなかった。
首輪と鎖を繋ぐ根元をしかと持ち、力任せに引かれて体が倒れる。服の擦れる音と体のぶつかる嫌な感触に眉をしかめるが、王様はやはり笑っているのだった。


「俺にも飴、ちょうだい」

「……飴くらい自分で買えば?」


どうしてここまで飴に拘るのか不思議で堪らないのだが、あえて突っ込むことはしないでおこう。ジリジリと距離を取る。次の瞬間、また引かれて位置は戻る。それを何度か繰り返したあと、俺はついに抵抗を止めた。


「分かった。分かったから、飴取るからちょっと離して」


顔をしかめたままそう言うと、やっとのことで王様は鎖を緩めてくれた。首を回しながら鞄を漁る。すぐに見つけた飴を取り出し、投げやりな態度で突き出してみる。しかし王様は両手を教卓に乗せたまま、一向に動く気配はない。


「いらねーの?」

「欲しいけど?」

「じゃあ早く取れよ」

「分かんねーの?」


早く受け取れよ。そう急く俺に王様は緩やかに微笑み、薄く唇を開いた。まさか、包装を解いてそこまで運べと? さすが王様、やることなすこと自己中だ。
すっと伸ばした手を一度自分の胸元まで戻し、人差し指と親指で持ち直す。今か今かとその時を待つ王様の元へ歩み、その唇に飴を近づけた。


――カツっ……ン……。

「ぜんっぜん、分かんねーわ」


しかし俺はその唇に押しつける前に、わざとらしく飴を床に落としてやった。ついでに憎まれ口の一つを叩き、勿体をつけて自分の口内にある飴をカランッと鳴らす。
またも目を見開いて驚いていた王様は、けれどすぐに肩を震わせクツクツと笑う。綺麗なそれは意外にも無邪気そのもので、不覚にも、ミサキは生きているんだなぁと息を吐いたのだった。




 


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