「……」
こちらを見たまま動かない兄を改めて認識したその瞬間、俺の背筋は金属にでも変換されたように固まった。動けなくなった。
唐突に理解したのだ。今、自分が一体どれほど愚かなことをしているのかを。
きっと兄は俺が嫌いだ。この世で一番嫌いだ。
だから俺のことを平気な顔して殴って、蹴って、およそ兄弟に向ける言葉ではないそれを刺してくる。
なのに……それを一番理解しているだろう俺は、興奮と歓喜に身を任せてこんなことを、兄に抱き着いてしまっている。
「……」
「……」
それまで自然と湧いていた涙らしきものは止まり、おまけに表情筋すら止まってしまって、謝ることも逃げることも、あまつさえ抱き着いたままの手すら退かせないまま、文字通り固まっていた。
「……意味、分かんねぇ」
静まり返った部屋の中で、ぽつりと兄の声が落ちる。
言葉の意味を理解するよりも早く、俺の体は浮上した。
いつのまにか腕を取られ、引かれていたのだ。
驚愕の言葉を口にするその前に――、
「――いっ!?」
なぜか……なぜか俺は、兄に噛まれた。
恐らく兄なりに手加減しているのだろうが、首筋に通う血液が変な音を立てて吹き出しそうな鈍い痛みに顔をしかめる。
一瞬だが、このまま喉仏を食いちぎられるのではないかと、そんなことを思う。
唾液の音が耳に届いたかと思えば、いつのまにか俺の顔の近くに兄の端正な顔があった。
なにを考えているのかも分からない、無表情なようで、生気があるようで、だけど理解できない色素の薄い茶色の目。
カラコンを取るとこんな色をしているのか、なんて場違いなことを思うのは、きっと俺が呆けていた証拠だ。
「……出てけ。そんで……寝ろ」
「あ……はい」
抑揚のない声に棒読みな声で答える。
そのまま凍ったような体を必死に動かして、俺は兄の部屋を出た。
入ってきたときとは打って変わって丁寧に閉めれば、その場に俺の体が崩れ落ちる。
「……え、なに、今の」
どうしよう、今日はきっと眠れない。
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