「わー、トラちゃんが天然タラシモード入ってるー」
と、そんな可笑しな空間にケラケラと声を上げて現れたのは、今や予約三ヶ月待ちの人気美容師となった雄樹だ。
トーンの落ち着いたオレンジと、明るいブラウンの交じる人目を引く髪色をした雄樹は学生の頃よりも随分男らしくなり、今は可愛さと格好よさが見事に合わさった魅力的な顔立ちをしている。
そんな雄樹の登場に、特に女子たちはヒソヒソと喜びの声を上げるが、聞こえているのか無視しているのか、俺のすぐ前まで来た雄樹はカウンター越しに俺を覗き込む。
「でも浮気はダメだよー?」
「はいはい。ご忠告どーも」
「あはは。なんかトラちゃんと会うの久しぶりだねー。一週間ぶり?」
「そんな久しぶりでもねぇだろ」
「久しぶりじゃーん、トラちゃんの薄情者〜」
しかしその中身はあまり成長しておらず、社会人としての常識を身に着けた雄樹は身内の前では変わらない。
俺の前に座っていた少年にほくそ笑んだ雄樹は、顔を赤くして席を譲る彼にお礼を言うと早速お粥を注文してくる。おいこら、なにしてんだお前は。
「シローちゃんは? 今日寄るって言ってたけど」
「いや、まだ来てないな。仕事忙しいんだろ」
「あー、次期社長だもんねー」
注文せずとも雄樹の頼むものが分かっている仁さんが、けらけら笑っているアホの前にシェリートニックを置く。そんな仁さんに向ける雄樹の視線の甘いこと甘いこと。お手拭を差し出す凰哉でさえ苦笑いだ。
ピルルルル、デスリカと直通している電話が鳴った。すぐさま受話器を取った仁さんの眉根が寄るのを見て、颯爽とお粥を運びに行く凰哉は正しい。
「トラ、デリバリー頼む。あと司が話あるってよ」
「司さんが?」
「またいつものお使いじゃねぇの? こっちはやっとくから先行って来い」
「はい」
俺の返事にいくぶん和らいだ笑顔を見せる仁さんの指示で、俺は卵味噌と梅のお粥を一つずつ持ってカシストを出る。
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