『前に俺が言ったこと、覚えてるか?』
「……それなりの誠意は見せて貰うってやつですか?」
『はは、まぁそれもそうだが、もっと前だよ』
もっと前? 首を傾げる俺が見えているかのように、仁さんがくすりと微笑む。
『俺はよ、トラ……いや、俺と司はよ、誰よりも大切なやつに無理強いした。ありゃ犯罪でもおかしくはない』
「……仁さん」
『今が幸せだからって、それを悔やまなかったと言ったら嘘になる。特に司の場合はうじうじと悩んでよ、お前にも迷惑かけたんだろ?』
「……いえ、俺は……」
『あはは。そこで肯定しないとこがお前の良いとこだよな』
でもよ、トラ。少し掠れた声に耳をすませる。
『お前と玲央はそりゃ危ねぇ関係だったし、いつバランス崩して壊れちまうか、正直冷や冷やしてたけどよ、お前らはそうはならなかっただろ』
「……」
『そうならねぇ努力をできたことが、お前らと俺らの違いだろ』
「……仁さん」
『それが良いとか悪いとか、そういう話じゃねぇぞ? いや、まぁ良いことだがな』
ははは。向こう側で豪快に笑う仁さんに笑みを返すと、彼はほっと息を漏らした。
『お前にとっちゃ不幸かどうか俺には分からねぇが、それでもお前は時間をかけて全部受け入れてきただろ。だから今はなにも考えなくていい。バイトも学校も忘れてただ今はゆっくり楽しんでこい。分かったら返事は?』
「――はいっ、ありがとうございます……っ!」
『よし、上出来だ』
玲央との関係が良好ではなかったころから、ずっと雄樹と一緒に見守ってきてくれた仁さんの言葉は俺を励ます。なにが正しいか分からなかったとき、一緒に悩もうと言ってくれた彼の真っ直ぐな姿に俺は救われてきた。
そんな仁さんだからこそ、雄樹が惚れちゃうのも頷けるのだ。
「俺、今は目の前に転がってきた幸せを堪能しちゃいますね」
『なんだお前、覚えてんじゃねーか』
あはははっ! 耳に心地の良い笑い声に重ねて、俺も盛大に笑うのだった。
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